マンスリー・トピックス

現代奴隷と人身取引
-企業活動は原因であり、解決の鍵でもある-

ノット・フォー・セール・ジャパンNFSJ代表/消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク共同代表幹事
山岡万里子

2023年1月

今、この世界には5,000万人の奴隷がいる。自由と尊厳を奪われ、やりたくもない仕事をさせられている。しかもその数は5年前に比べ1,000万人も増えている(『Global Estimates of Modern Slavery2022』)。——ものすごい数の推計値で眩暈がしそうですが、これが世界の現実です。

写真1. ILO, Walk Free, IOM発行『Global Estimates of Modern Slavery 2022 (Forced Labour and Forced Marriage)』
(現代奴隷制の世界推計:強制労働と強制結婚)
https://cdn.walkfree.org/content/uploads/2022/09/12142341/GEMS-2022_Report_EN_V8.pdf

現代奴隷/人身取引とはなにか

「現代奴隷」——「ビジネスと人権」の文脈で今ではよく見聞きする言葉ですが、私がNFSJの活動を始めた12年前は、どこで話をしても「何それ」という感じでした。実は今も、SDGs等に関する日本政府発行文書の中でも、「現代奴隷」への言及はほとんどありません。現代奴隷は国際的な定義がなく、ILO・IOMと共に前述の推計値を発表した豪団体ウォークフリーは、現代奴隷を「人身取引、借金による束縛、強制結婚、奴隷的所有状態、強制労働、最悪の形態の児童労働、などの総称」であると述べており、少々掴みにくい現象なのかもしれません。

一方「人身取引」は国連の『人身取引議定書』第3条で、搾取を目的に、だまし・脅し・暴力・弱い立場につけこむ・その人を支配している人に金を払うなどの手段を使って、人を勧誘したり移動させたり閉じ込めたり受け渡したりすることと定義されています。被害者の同意の有無は問わず、また18歳未満の児童は、それらの手段が取られなくても行為があれば人身取引被害者と見なされます。

人身取引は言葉のイメージから「人の身柄を金銭で売買すること」と思われがちですが、それはあくまで人身取引の手段の一つです。たとえば工場や店舗での仕事と騙して女性を外国に連れていき、着いた途端に「お前には多額の借金がある。返済できるまで売春して働け。逃げたら殺す」などと脅して監禁し売春を強いる、などは典型的な人身取引です。また自ら進んで多額の借金をして手数料等を払い、外国へ出稼ぎに行く、けれども弱い立場のせいで足元を見られ、劣悪な環境下で契約とは違う仕事をさせられる、なども人身取引にあたります。

日本における人身取引

日本の人身取引被害としては、外国人技能実習生や語学留学生などへの労働搾取の問題や、アダルトビデオなどポルノ映像に半ば騙して出演させたり、子どもを買春したりといった性搾取問題があります。日本政府が2021年に人身取引被害者に「認定」したのは47人。うち31人が日本人です。また例年、被害者全員または大半が女性です。それは政府が長らく性的搾取分野の人身取引しか見てこなかったから。技能実習生が人身取引被害者に認定されたのは一昨年が初めてです。政府としては、「行動計画」の策定、「年次報告書」の発行など人身取引対策には力を入れているというスタンスですが、被害者支援団体などは、真の被害者救済になるのか、十分な予防策があるのかについて、まだまだ改善の余地があると見ています。

現代奴隷と企業活動の関わり

さて現代奴隷や人身取引被害者は多くが経済活動に携わっているという意味で、産業界・ビジネス界と無縁ではない、と多くの方が理解されているでしょう。直接的な雇用関係の中で起きていなくても、取引先、または二次・三次以上のサプライヤーで奴隷労働が行われている可能性は大いにあります。そしてそれらの取引先は海外の途上国にあるとは限りません。技能実習や留学を名目に出稼ぎに来る、比較的弱い立場の外国人労働者が、日本の多くの中小企業でも働いています。そこに強制労働、労働搾取、人権侵害が起きていないかどうかを、企業がしっかり把握し、解消に努めることが大切です。現在日本でも義務化が求められている「人権デューディリジェンス」は、まさにこの問題を解決するための鍵です。つまり、企業活動が現代奴隷を生み出す要因となっているということは、裏を返せば、企業活動のやり方次第で、現代奴隷を無くすこともまた可能なはずだ、ということです。

写真2. Walk Free 発行『The Global Slavery Index 2023』(世界奴隷指標)
https://cdn.walkfree.org/content/uploads/2023/05/17114737/Global-Slavery-Index-2023.pdf

前述のウォークフリーが、最新の報告書『Global Slavery Index 2023』の中で、日本は、現代奴隷が関わった可能性のある物品の輸入額がG20中第2位であると分析しています。内訳は電子機器と衣料が大半を占め、水産、太陽光パネル、繊維、と続きます。国内のみならず海外からの輸入により、日本が現代奴隷の存続に大いに寄与してしまっている——これは大変由々しき問題です。

写真3.4. 日本が輸入している、現代奴隷によって作られた可能性のある物品の輸入先とその金額(米ドル)
(Walk Free 発行『The Global Slavery Index 2023』 p.163より)

解決に向けて、皆さんと共に目指したいこと

私たちはこの状況に対し、「消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク(SSRC)」の活動を通して、企業への働きかけを強めていこうとしています。本シリーズでも既に紹介された「企業のエシカル通信簿」には「人権・労働」分野の調査があり、自社と取引先の労働搾取防止の取組みを詳しく調べています。産業界の多くの方にこのプロジェクトを知っていただき、また「現代奴隷」問題への関心を持っていただければと願っています。

一方、消費者への働きかけも模索していますが、こちらはとても難しいと感じます。世論を喚起し消費者自らが行動を起こすよう仕向けるのには時間がかかります。ですが、企業に勤めている社員、またその家族も、実は全員が「消費者」であると考えると、むしろ企業が、まず自社の社員に社会問題の存在を知らせ、行動変容を促してくれれば、もっと早く事態は変わるのではないかと期待しています。「現代奴隷」「人身取引」問題への社会全体の感度を上げていけるよう、皆さまと共に努力していけたらと願っています。

 

【参考】翻訳者でもある筆者の訳書
●『性的人身取引——現代奴隷制というビジネスの内側——』シドハース・カーラ著=山岡万里子訳/明石書店/2022年(Sex Trafficking: Inside the Business of Modern Slavery)
●『現代の奴隷――身近にひそむ人身取引ビジネスの真実と私たちにできること——』モニーク・ヴィラ著=山岡万里子訳/英治出版/2022年(Slaves Among Us: The Hidden World of Human Trafficking)