- 日本は寛容性が世界トップクラス
芸術が地域を変えるといったら信じられますか?
私は芸術祭や映画祭、アートプロジェクトなど、文化芸術を活用して地域や社会に変化をもたらそうとする事業の効果について研究してきました。
文化芸術の効果というのは簡単に測れるものではない一方で、社会的な事業であれば経済効果や来場者数など比較可能な数値で測られてしまいがちです。
単純な数値の比較で事業が持つ社会的価値や文化的価値が誤解されないように、私の研究では来場者や地域住民の満足度、ソーシャルキャピタル、価値観の変化など様々な効果を測定してきました。
そして今、社会的な事業のインパクトは寛容性や創造性を養う、という視点から見ることが重要であると感じています。
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寛容性と聞いて、何をイメージするでしょうか。優しさ、穏やかさ、思いやり、理解力、受け入れる力、笑顔の多さ…様々ありそうですね。
リチャード・フロリダという都市経済学者が、グローバル・クリエイティビティ・インデックス(GCI)という指標を作りました。これは、「才能 Talent」「技術 Technology」「寛容性 Tolerance」という3つのTからクリエイティビティを定義して都市や国家をランキング付けするものです(1)。
その中で「寛容性」は世界価値観調査(2)の調査結果から、「価値指数」「自己表現指数」の2つを組み合わせたものとして定義されています。
ひとつめの「価値指数」は、その国がどのくらい伝統的または宗教的な価値に支配されているか、逆から見ると、どのくらい現代的または非宗教的な価値が反映されているかを測定しています。
もう一つの指数「自己表現指数」は、その国では個人の権利や自己表現にどの程度の価値が認められているのかを測定するものです。
図で示されたように、日本はグラフの右上に位置する「寛容性」が高い国です。縦軸の「価値指数」が世界1位である一方、横軸の「自己表現指数」は先進国の中ではとても低くなっています。
伝統的な価値観に縛られず現代的であるものの、個人の自己表現はしにくい国、といった感じでしょうか。図 https://www.worldvaluessurvey.org/images/MAP20232.png より
- 創造性が生まれると何が良いのか
創造性を3つのTから測定したリチャード・フロリダは、「グレート・リセット」という概念も提案しています(3)。「グレート・リセット」は2021年のダボス会議のテーマにもなりました。
「グレート・リセット」は、大不況の後に新しいライフスタイルが生まれ、それに伴う人の移動が都市構造を改変して繁栄していく、という現象が歴史の中で繰り返されていることを解き明かし、発刊当時の時代背景としてリーマンショック後の繁栄を期待する提言でした。
グレート・リセット後の次世代を担う人たちは、ニュー・ノーマルと呼ばれますが、コロナ禍による世界的な社会的停滞を終えつつある現在、我々がニュー・ノーマルとして旧来の社会構造を変革していくことが期待されています。
ニュー・ノーマルが創造性の高い人材であることは想像がつくかと思います。都市や地域の3つのTで表した創造性指標を個人の資質について当てはめてみても、「才能」や「技術」を持ち「寛容性」の高い人が増えれば、グレート・リセットによる繁栄が期待できるのではないでしょうか。
また、経済成長や繁栄といったポジティブな側面だけでなく、貧困や環境問題といった社会課題についても創造性が寄与することはあるでしょう。
例えば、芸術が人間の弱さや醜さ、社会の複雑さ、自然の厳しさをそのままに描き出すことによって、人々が理不尽な状況を受け入れ、乗り越えていくことを助ける、という機能もあります。人々が自分の経験していない多様な状況を想像する力を得ることで、組織や社会の多様性が育まれていきます。
- 共創を進めていくために大学ができること
フロリダは寛容性を創造性の下位概念としていますが、社会を改革する共創の在り方を考えるとき、その2つを見据えることが重要であると感じています。
テクノロジーに代表される人智の輝きによってイノベーションを興す、という創造的な活動に、他者を受け入れ理解する寛容性が伴わなければうまくいかないでしょう。
私は、石垣島のゆがふ国際映画祭や津和野会議、東条川疏水ネットワーク博物館、とつがわフィールドスタディといった、地方で創造的な活動を実践するプロジェクトに関わっています(4)。
こういった事例の中で共創の難しさをひしひしと感じながら、大学や研究者ができることは、知識と実践をつなぐこと、地域と地域の外の世界をつなぐことだと信じて取り組んでいます。
合意形成や社会課題を解決するという謳い文句も既に、古いものとなっているように感じます。合意形成や課題解決の前にある、他者の理解自体がとても難しく、同じテーブルに座る共創の場を継続することすら簡単ではありません。
共創において対立構造が生まれたとき、まずは、他者の痛み、弱さ、を理解し、異なる個性を活かす方向で考える。その前には、そのままの自分を受け入れるということもあるように思います。
より多様な生き方が可能になる幸福な社会を作るためには、自分や他者のVulnerabilityを受け入れる寛容性を身につけ、自分に見えていなかったこと、自分と異なる人や(場所、時空を超えて)ここにいない人を想像し、理解しようとすることが重要ではないでしょうか。
それは、デザイン思考で言われるエンパシーとも重なる部分があります。単なる共感や同情(シンパシー)ではなく、相手の立場に立って考えること。それができれば、無用な争いによる時間の損失や決裂を防ぐことができるはずです。
強さを前提とせず、弱さや複雑さを前提として互いを尊重する共創のために、文化芸術が育む創造性や多様性が貢献できる場面はたくさんありそうです。
寛容性が高いという日本の特性を活かし、文化芸術の力によって地域の価値創造が進んでいくことを願っております。参考文献
(1)リチャード・フロリダ著、井口典夫訳「新クリエイティブ資本論 才能が経済と都市の主役となる」ダイヤモンド社、2014年
(2)World Values Survey https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp
(3)リチャード・フロリダ著、仙名紀訳「グレート・リセット―新しい経済と社会は大不況から生まれる」早川書房、2011年
(4)松本文子、バレット・ブレンダン、上須道徳、中西忍、平野しのぶ「地方創生のcodesign:創造的活動の先進事例を評価する」
『Co*Design』第10巻、pp.73-90、2021年
(4)国土交通白書2021 第2節 豊かな未来の姿 インタビュー「多様性」に肝要な社会は「幸福度」が高い 村上由美子氏(経済協力開発機構(OECD)東京センター所長)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r02/hakusho/r03/html/n1325c02.html写真 KAMIKOANIプロジェクト秋田より山本 太郎「 羽衣バルーン 」