マンスリー・トピックス

THINK Lobby設立への想い
-社会変革は「わたし」の手から:市民社会シンクタンクの挑戦-

JANIC理事/THINK Lobby所長
若林秀樹

2022年2月
アメリカにみる政策ダイナミズム

NPO法人 国際協力NGOセンター(JANIC)に事務局長として5年間勤務し、2022年4月、JANIC内のアドボカシー部門を強化すべく、みんなでつくる市民社会シンクタンク、「THINK Lobby」を立ち上げました。「知識を貯め込む“タンク”ではなく、すべての人々が自由に行き交い、立場に縛られることなく言葉を交わせる“ロビー”になりたい。次の市民社会を。次のしあわせのために」そんな思いで、設立に踏み切りました。

シンクタンクを設立したいと思った原点は、今から30年前の1993年4月、米国の首都、ワシントンDCにある日本大使館の外交官として着任した時にさかのぼります。丁度、共和党から民主党の政権に代わり、クリントン大統領が誕生した時でした。毎日のように上院で承認された閣僚や幹部等が政権の中枢に入り、社会が変わっていく姿を日々、目の当たりにしました。日本では長く自民党政治が続き、政権が代わることの実感を持てていなかった私にとって、目の前で起きている社会の変化がとても新鮮でした。まさにこれが政権交代なのかと日々の生活の中で実感し、日本でも定期的な政権交代は必要ではないかと思った次第です(後に筆者も参議院議員となり政権交代を目指す)。

例えば、労働長官に就任したロバート・ライシュ氏が掲げた政策の柱が「ディーセントワーク」です。訳すと「働きがいのある人間らしい仕事」ですが、彼は所得格差や中間層の問題点に焦点をあて、単なる労働政策を超え、自由、公平、人権、人間の尊厳を大事にする社会のあり方を提唱しました。そこには、アカデミックな裏付けのある政策と共に、彼の思想、哲学が表れており、社会を変えていく力強さがありました。彼は、それまでハーバード大学ケネディスクールで教鞭を取り、調査、研究活動、執筆活動を行い、その蓄積された政策が社会を変える原動力になったと思います。そして彼のみならず、多くの政権幹部がシンクタンク、大学、国際機関、企業・コンサルタント、市民社会組織等から政権に入り、今でも政権交代が行われると、一説では4千名の政権幹部が入れ替わるとされています。アメリカならではの「リボルビングドアー(人材が流動的に行き来するシステム)」にも関係しますが、政権交代のダイナミズムの背景には、社会に蓄積された政策の存在を忘れてはなりません。

政治・政策から遠ざかってしまった市民

あのクリントン政権から30年、日本はどうなったでしょうか。当時、日本は経済的には戦後のキャッチアップモデルで世界のトップレベルに踊りでて、日米関係は、経済摩擦の真只中にありました。その後、日本経済の弱体化と共に、日米経済摩擦は消滅し、その力強さを取り戻すことなく、今日に至っています。その原因は、経済的には世界のトップレベルにたどり着いた瞬間、追いかけるモデルが消滅し、自らの問題点を客観的に分析し、進むべき方向性なり、ビジョン、政策なりを作ることができなかったことだったと思っています。

そしてもう一つ、シンクタンク設立の原点となったのは、日本が高度成長を達成する過程で、市民が政治や政策から遠ざかってしまったことです。つまり、人々は物質的な豊かさを求めて一生懸命働き、それなりの達成感を味わいましたが、それに反比例するかのように、政治は自民党、政策は官僚に任せておけばいいという風潮が社会に固定化し、社会を変えようとする意識が薄くなってしまいました。

その結果、国際的な意識調査結果でも、日本の若者が社会の変革に携わりたいかどうかという問い(注1)に対して、米、英、韓国では30%前後以上なのに対し、日本はわずか10%と低い傾向が表れています。もちろん、これには様々な要因が影響しており、単純比較はできませんが、ポイントは、何故、そのような意識になってしまったのか、今後、どう改革していけるのかという点です。

 
(注1)「特集1 日本の若者意識の現状~国際比較からみえてくるもの~」『令和元年版子供・若者白書(概要版)』(内閣府)https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/r01gaiyou/s0_1.html を参考

THINK Lobbyは、市民の目線に立った情報発信と調査研究活動を推進していきます

THINK Lobby設立の目的は、JANICの理念である「平和と公正で、持続可能な社会の実現」に向け、国際人権基準等の国際的な規範の普及、民主主義等の普遍的価値の追求、調査研究・政策提言、情報発信等によって市民の諸活動を後押しすることです。その際、大事にしたい価値は.市民の視点に立ち、独立したシンクタンクとしての位置付けを保持し、国内外の市民社会セクターのみならず、政府、企業、労組、大学、財団等様々なセクターと連携(ネットワーク型)し、THINKと共に、市民と共にDO(社会実装)を目指すことです。

 
紙面の関係上、THINK Lobbyの詳細な活動は述べられませんが、我々は、社会の課題を解決するための政策のあり方について、市民が、的確な情報とデータを得て検証・分析し、多種多様なステークホルダー(関係者)の声やアイデアを盛り込み、政府や社会に広く提案する力を持ち、社会を変えたいという願いが実現できる、そんな場にしていきたいと思っています。

そのためには、政策への入り口として、市民の目線に立ったわかりやすい情報発信、市民が議論に気軽に参加できる場(イベントやキャンペーン、ウェブサイトやSNSでの発信)を提供し、一方で専門的な調査・研究を行い、科学的な裏付けのある政策の提言を行っていきたいと考えています。すでに調査・研究活動としては、公正な社会に向けた企業の役割、アジアにおける民主主義等のプロジェクトをスタートさせ、様々な情報発信、イベントの開催を行っています。まだまだよちよち歩きですが、皆さんと共に力強く一歩一歩、歩んでいきたいと思っています。是非、ウェブサイトhttps://thinklobby.org/をご覧いただき、毎週必ず発信しているメルマガへのご登録をお願いします。