マンスリー・トピックス

SDGsと万博

社会ソリューションイニシアティブ教授 
田和正裕

2022年4月
我々を取り巻く危機

現在、我々の住む世界は、気候変動、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の蔓延、ロシアによるウクライナ侵攻など様々な危機により、これらに起因するインフレ率の上昇、食料安全保障、教育、保健、環境、平和、人権などの諸課題において、地球規模で経済・社会・人びとに対し深刻な影響を及ぼしています。

2015年9月の国連サミットでは「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という理念の下、あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と気候変動に対処するための「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が全会一致で採択されました。

その後、持続可能な開発目標(SDGs)の2030年の達成に向けた取り組みが産官学民の様々なアクターによって進められていますが、今般の危機などによって、世界のおよそ10人に1人が飢餓に苦しんでいる、Covid-19で世界の約6.6億人が感染し670万人が死亡する(2023年1月時点)、コロナ禍の影響により1億4,700万人の子どもが十分な対面指導を受けられず教育における根深い不平等がますます悪化するなど様々な問題に直面しており、これまでの貧困対策における前進が帳消しになり、エネルギー関連CO2排出量が増加、世界人口の4分の1が紛争の影響下で暮らさざるを得ないなどの事態も生じています。一部報道では、SDGsの達成への軌道を外れるか、後退した課題が多数あり、人びとのいのちや暮らし、尊厳が守れないなど、SDGsの達成自体を危ぶむ声も聞かれます。

このように2015年に国際社会が達成を誓った持続可能な社会(地球)への道のりは、2030年までの折り返し地点とも言えるこの数年で、非常に不安定で、かつ険しいものだと再認識させられました。

人間の安全保障

我々が現在直面する地球規模の危機に対応するには、伝統的な国家安全保障の枠組みによりトップダウン的に人々を「保護」するだけでは不十分であり、これに加え、いのち、暮らし、尊厳など、人びとの「エンパワーメント」などのボトムアップ的なアプローチを組み合わせ、レジリエントな社会を作り上げていく「人間の安全保障」の概念の実践が必要であると言われています。

この「人間の安全保障」を日本政府はいち早く外交の柱に据えており、森総理(当時)や緒方貞子さんなどの貢献により、国連として概念整理や主流化が行われてきました。現在では、人間の安全保障の人間を中心に据える考え方は、「誰一人取り残さない」というSDGsの根底をなす重要な理念となっています。

人間の安全保障のアプローチには、「保護」と「エンパワーメント」の他に「ダウンサイド・リスク(状況が悪化する危険性)」の対処があります。これは感染症、紛争、災害などの危機が人々や国家の状況を悪化させる脅威への対応やその予防措置として、SDGsなど持続可能な社会の構築を目指す我々にとって、重要な視座を与えてくれる概念であると考えます。

大阪・関西万博といのち会議

2025年に大阪夢洲では2025年日本国際博覧会(略称:大阪・関西万博)が開催される予定です。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、一人ひとりが自ら望む生き方を考え、それぞれの可能性を最大限に発揮できるようにすること、それを支える持続的な社会を国際社会が共創することを推し進める、との思いが込められており、「SDGs万博」とも呼ばれています。
そのコンセプトは、-People’s Living Lab- 未来社会の実験場であり、

①世界の人々がアイデアを交換し、未来社会を「共創」する。
②世界中の課題やソリューションを共有できるオンラインプラットフォームを立ち上げ。
③人類共通の課題解決に向け、世界の英知を集め、新たなアイデアを創造・発信する場に。

を謳っており、私個人にとっても大阪・関西圏にとどまらず、日本全国、そして世界の人々が参加するとても楽しみにしているイベントです。

この大阪・関西万博の開催機会を捉え、取り組まれる活動が「いのち会議」です。「いのち会議」は、我々一人ひとりにとって「いのち輝く未来社会」とは何かを問い、「誰一人取り残さない」をどう達成するかを性別、年齢、職業、国籍を問わずひとりの市民として、様々なアクターの参加を得て、考え、話し合い、そして行動に移しながら、「いのち宣言」へとつなげる取り組みです。この活動は、2023年から2025年の万博の開催期間後も継続して行われる予定で、2030年に国際社会が新たに設定するであろう「ポストSDGs」の議論に貢献するものです。その成果が2025大阪・関西万博のレガシーとなり、さらに参加者の思いと行動が未来に広がることが期待されます。この大阪・関西万博といのち会議に不可欠となるものは多様、かつ多くのアクターによる参加です。若者、国内外の万博にリアルに参加できない人たちの声に耳を傾けるかが課題の一つといえます。

最後に

我々の住む世界は、今と同様、今後も様々な脅威に晒されることでしょう。国連の『持続可能な開発目標(SDGs)報告2022』は、現在世界で生じている危機がSDGsの17の目標に及ぼす深刻な影響を指摘する一方で、SDGsを達成することがこのような危機への対処に必要な解決策であると主張しています。

我々が誰も取り残さない、暮らしや尊厳が守られるなどSDGsが達成された社会を構築するには、我々一人ひとりが、いのち輝く未来社会を思い描き、我々を取り巻く危機や脅威を自分ゴトとして認識し、対処することが必要です。それには「人間の安全保障」の概念の下、技術革新とともに社会変革など人類の叡智を結集するなど各アクターが参加し、力を合わせて活動を実践することが不可欠です。ぜひ、今後の「いのち会議」の活動に関心を持ち、ご参加いただきたいと思います。