マンスリー・トピックス

SDGsネクサスとPost SDGs

工学研究科 助教
松井孝典

2022年5月
SDGs:持続可能な開発目標 #GlobalGoals

 「SDGs:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」とは、2015年の国連サミットで採択された国際目標です。貧困や飢餓、不平等のない、平和で持続可能な未来を目指し、17のグローバル目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成されます。2030年のSDGs達成目標年に向けて、我々は今、“行動の10年”にあります。

図1 国連・2020-2030の行動の10年のロゴ

 

 とはいえ、SDGsのそれぞれの目標やターゲットは、社会・環境・経済にわたって複雑な因果関係を持ちます。ときにはそれらが相互にハーモニーを生み出す半面、ときには予期せぬ対立が生じることもあり得るのです。たとえば、これから脱炭素社会の構築に向けて再生可能エネルギーを主流化していく中で、自然界のエネルギーを使うがゆえに動植物たちに予期せぬ影響を与えてしまう場合などです。

 どうすれば、異なる立場の多様な価値観を尊重したうえで、「誰一人取り残さない」社会を実現できるでしょうか。

SDGsネクサスとは

 複雑な連関構造を持つSDGsを包摂的に調律するためには、「SDGsネクサス」を理解することが重要です。ネクサスと (nexus) とはラテン語であり、「つながり」や「相互関係」「連関(連環)」といった意味です。SDGsの各グローバル目標やターゲットがどのようにつながっているのかを表すものが、SDGsネクサスです。たとえば、先ほどの再生可能エネルギーを扱うグローバル目標7は気候変動への対応であるグローバル目標13の気候変動、化石由来ではないエネルギーを使うライフスタイルのあり方はグローバル目標11のまちづくり、生き物たちの生息地であるグローバル目標14、15での生物多様性に連環するなど、全ての目標はつながりを持ちます。

 つながりといっても、シナジー(相乗効果)なのかトレードオフ(相容れない関係)なのか、可逆な関係か、単方向か双方向かなど、その性質はさまざまです。また、そのつながりはきわめて複雑で、具体的に想像・理解するのは難しいものです。

 そこで、データに基づいてSDGsネクサスを視覚的に表現したり、ある概念に対して関連するグローバル目標を可視化したりするような研究が、知識駆動とデータ駆動の両面から進んでいます。(参考:T. Matsui,at al.: A Natural Language Processing Model for Supporting Sustainable Development Goals: Translating Semantics, Visualizing Nexus, and Connecting Stakeholders, Sustainability Science. 2022.02. DOI:10.1007/s11625-022-01093-3)

図2 グローバル目標の連環構造

 SDGsは全世界で共有された包括的な目標ですから、地球上のすべての人々が、何かしらの形で目標に関与しています。しかし、我々はそれを常に意識しているわけではありませんし、ある目標に関して活動していたとしても、他の目標とのつながりには気づきにくいものです。

 SDGsネクサスの研究を通し、SDGsに取り組む人々それぞれが見えないネクサスに気づくことで、共感を通じたパートナーシップを形成するとともに、シナジー・トレードオフの賢明なハンドリングを行うことができると期待されます。

SDGsのその先

 SDGsは2030年に達成目標年を迎えます。すでに、“Post SDGs”や“Beyond SDGs”などと呼ばれる「SDGsのその先」に向けた課題の検討が始まっています。

 第一の課題は、現行のSDGsネクサスの解明と、2030年以降への継承です。
 現行のSDGsには、目標・ターゲット間に矛盾点も多く、それらの解消のためにSDGsネクサスの解明が急がれます。また一方で、現行のSDGsではカバーしきれなかった目標、取り残されたものごとや人々を発見することも重要です。
 Post SDGsの時代は、2015年ごろに生まれたSDGsネイティブの世代が担うことになります。誰一人取り残さない、社会・環境・経済が統合した世界を、もはや「変革」ではなく「常識」と考えるような世代への移行です。価値観が変われば、目標も変わります。Post SDGsの社会は、2030年以前の価値観に拘束されることなく、次世代との対話を通じて育てていく必要があるでしょう。

 第二の課題は、Cyber SDGsです。現在、モノやコトが高度にデジタライズされたコネクティブな社会へと再設計が進んでいます。たとえば、内閣府が提唱するSociety5.0というビジョンでは、何もかもが自動化され、複製され、共有される未来の世界が想定されています。
2030年以降は、人々は現在よりもはるかにネットワークとの接続を強め、サイバー空間と融合することになるでしょう。これまでの私たちは厳格な物理法則に従うフィジカルな制約の中で試行錯誤の上で統治を行ってきた歴史があるわけですが、サイバー空間は実体に支持された所与の自律空間ではありませんから、サイバー空間の森羅万象を司る緒法則を定めた上で、人の手で原則や方向を定め、統治していく必要があります。そこで、その統治の根拠となる価値、すなわちサイバー空間における持続可能な開発目標「Cyber SDGs」が必要になるでしょう。

 しかしそもそも、「サイバー環境における持続可能な発展」とは何なのでしょうか?このような視点は、現行の(Physicalな)SDGsの視点には入っていません。SDGsの2030年、Post SDGsの2050年に向かって、未来のサイバー空間はどのように発展していくでしょうか。

図3 サイバー空間の将来シナリオ

 

 「集中・分散」「競争・協調」の二つの軸から考えれば、自らが所属するコミュニティの競争力だけを最優先し、持てる者がますます富み、持たざる者はますます奪われるような加速社会/データとアルゴリズムを独占する一部の賢者たちの高度な監視とアルゴリズムによって秩序がもたらされる管理社会/デジタル技術でトランスヒューマンな力を得た万人が万人と孤立対峙する闘争社会/デジタルコモンズを分散自律的に協調力で共創する共有社会、という4つの未来がありえるでしょう。このうちどの未来に向かうのか、向かおうとするのかは、今世紀後半最大の問いになるでしょう。

 2022年現在、GAFAやBATHといったプラットフォーマーが企業国家化し、我々を見守る(監視する)一方、WikipediaやGitHub、Kaggle、Open AIといったサイバー空間における共有財のシェアも盛んに行われています。メタバース(3次元の仮想空間)ではフィジカル空間の制約から解放された新しい創造が生み出されつつ、デジタル・ネイティブたちは共感と孤独とを同時に感じて生きています。現行のPhysicalな17のグローバル目標をベースとしたSDGsと、これからみんなで統治システムを構築していくCyber SDGsの両方の世界での福利を包摂したPost SDGsを創り上げていく、その今こそネクサス研究を始めるときでしょう。