マンスリー・トピックス

カーボンニュートラルに向けて思うこと

共創機構特任教授/2025年日本国際博覧会推進室副室長
新藤一彦

2022年7月

 私が社会人になった頃、1992年、 “地球サミット”がリオデジャネイロで開催、初めて世界規模で地球温暖化について議論され、「気候変動枠組条約」(地球温暖化防止条約)が作られました。本条約は今も続く地球温暖化対策の大きな枠組みと言えます。私も民間企業の研究所で環境・エネルギーの研究開発を担っていたので、1997年COP3(地球温暖化防止京都会議)での「京都議定書」の採択、企業でのCO2排出抑制策の取組み等、2000年初め頃まで当事者として関わっていたのでよく覚えています。しかしながら、それ以降は環境・エネルギー分野から離れたので、「パリ協定」、「カーボンニュートラル」については殆ど知らないままでした。2019年10月大阪大学に転籍、2022年から社会ソリューションイニシアティブ(SSI)兼務となり、数年ぶりに環境・エネルギーの研究に関わらせて頂くことになりました。
 今回は私の勉強も兼ねて、京都議定書、パリ協定、カーボンニュートラルなどについて整理してみました。

もう限界?温室効果ガスの排出量

 世界の平均気温はこの100年余りの間に約1.1℃上昇しています。その原因は温室効果ガス(二酸化炭素CO2、メタンCH4、一酸化二窒素N2O、ハイドロフルオロカーボンHFC、パーフルオロカーボンPFC、六フッ化硫黄SF6)です。地球は基本的に太陽からの光エネルギーにより温められますが、その光エネルギーは赤外線に変わって地球から宇宙に放出されます。赤外線は空気中の酸素O2、窒素N2を素通りしますが、CO2、CH4などは赤外線を吸収するため熱がこもりやすくなって、温室効果(温暖化)をもたらします(図1)。ただし、温室効果ガスが全くなかったら地球の平均気温は-19℃になると言われています。

図1. 地球温暖化のメカニズム概略 1)

 現在、温室効果ガス全体で年間500億トン(CO2の重さに換算)排出されていますが、CO2排出量はその約76%、年間300~400億トンに及んでいます。平均気温が2℃上昇するまでには温室効果ガスの排出量はあと1兆トンぐらいが限界であり、20年分ぐらいです。

効果はあったのか?京都議定書

 「京都議定書」は2020年までの温暖化対策の数値目標であり、世界中の国々が一丸となって地球温暖化対策に取組む大きなきっかけの1つとなりました。ただし、開発途上国(中国やインドを含む)には一切義務が無く、不公平だとしたアメリカなどは参加しませんでした。しかし、2004年にロシアが参加したことで削減の士気は維持され、2005年本議定書は発効されました。 
 具体的な目標として、第一約束期間(2008年~2012年)では“先進国の温室効果ガス排出量5%削減(1990年比)”を掲げ、先進国(日本、EU、アメリカなど)のみに強制力=法的拘束力があり、目標達成が義務付けられました。日本は-6%、欧州連合(15カ国)は-8%などと示されました。
 その効果はどうだったのでしょうか?第一約束期間では、加盟している先進国23カ国中11カ国が削減目標を達成しました(図2)。一方、京都メカニズムクレジット(=自国の温室効果ガス削減対策が不十分な場合、他国の削減量を取引し、自国の削減量として換算しても良いという制度)や森林管理での吸収量も加味すると、加盟しているすべての国々が達成していました。
 「京都議定書」は、温暖化対策の必要性が世界的に認識されたこと、それに向けた技術や製品が開発されたことなど、それぞれの国が対策を講じ、目標達成に向けて前進していくことに意味があったと言われています。ただ、どんな取組み、技術や製品が温暖化対策に効果があったのか、不鮮明なままのように感じます。

図2. 京都議定書目標値とその達成状況 2)

(2008年~2012年平均[森林等吸収源、京都メカニズムクレジットを含まない])

目標達成が義務化されていない?パリ協定

 「パリ協定」は「京都議定書」を引き継ぐ、2020年以降の温暖化対策の目標で2015年採択、翌2016年発効、初めて世界全体で温暖化対策を進めることに合意したものです。現在、約190の国・地域が批准していますが、「京都議定書」との大きな相違点は目標達成が義務化されていないことです。
 目標は“世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2℃より十分低く(=みんなの目標)、できれば1.5℃に抑えること(=努力目標)”とし、各国から温室効果ガス削減目標だけ提出することを義務付けています。日本の温室効果ガス削減目標は短期的には『2030年度までに26%削減(2013年比)』、長期的には『2050年度までに80%削減』して今世紀後半のできるだけ早い時期に「脱炭素社会」の実現を目指すとしています。他国は“2005年比”、日本が“2013年比”としているのは東日本大震災後に価格の安定している石炭火力発電が一気に増えたためです(図3)。ただ、発電に伴う燃料種別のCO2排出量は石炭57%、天然ガス34%、石油など9%であり、発電効率の高い石炭は天然ガスの倍近いCO2を排出するので、温室効果ガスを排出抑制するためには石炭の使用を止めることが優先順位として高いと言えますが、発電コストの観点から産業界から敬遠されています。
 また、2019年12月COP25では国連のグラーレス事務総長から「この炭素中毒を止めなければ、私たちの気候変動対策は間違いなく無駄になる」と脱炭素への行動を各国に求めましたが、日本はG7の中で唯一、途上国への石炭火力発電所の輸出を公約に支援している点でも国際的に批判を受けています。

図3. 主な温室効果ガス排出国の目標 3)

何だろう?カーボンニュートラル

 既述の通り、温室効果ガス排出量も残り少なくなってきている(20年であと1兆トン)にも関わらず対策がそれに間に合うスピードで進んでいない、逆に言えば私たちの生活が豊かになり、社会活動・経済活動がどんどんエネルギー消費(=温室効果ガス排出)する構造になっていることも再認識することが大切だと考えます。つまり、私たち人間が様々な活動を営む上で、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすること(=脱炭素化)はほぼ不可能な状況と言っていいと思います。
 実は、「カーボンニュートラル」とは、温室効果ガス全ての排出量から森林などで自然に吸収される量や除去される量を差引し、全体として排出量をゼロにする(=中立の戻す)ことを指す環境化学用語です。「脱炭素化」、「カーボンニュートラル」どちらも排出量を“ゼロ”にすることで同じと考えられますが、前者は炭素自体を完全にゼロにすること、後者は全体的にゼロになるよう調整することという意味合いがあると言えるので、本質的には“違う”はずです(図4)。

図4. 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 4)

カーボンニュートラルに向けて思うこと

 私の前職の民間企業では、現在、日本の商用消費電力の1%近くを消費しており、温室効果ガス排出量もその多くが電力消費に由来しています。そのため、1990年代前半より研究開発段階からエネルギー削減に取組み、現在も継続しています。私もその一旦である「温度差電池」の研究開発を担っていました。「温度差電池」とは、大気中に廃棄される100℃以下の低温排熱を利用価値の高い電気エネルギーに変換するデバイスです。しかし、熱供給がストップすると本電池は動作出来ず、ただのモノとなってしまうので熱を電気エネルギーとして電池系内に貯蔵可能な「温度差二次電池」を考案しました。本二次電池は、優れた熱充電・放電サイクル特性を示すことが確認され、高出力化等も検討していましたが、リソース等により研究を途中で断念せざるを得ませんでした。今思えば、時代の先を見据えて研究開発していたと思います(図5)。

図5. 温度差二次電池の構造概念図と熱充電・放電サイクル特性 5)

 カーボンニュートラル達成に向けて、化石燃料に依存しないエネルギー源確保が急務となります。“地球サミット”開催から30年が経過しましたが、原子力の代替となる安定的なベースロード発電システムの開発には至っておらず、東日本大震災により日本では安定に燃料確保可能な火力発電に頼らざるを得ない状況です。この状況において、風力発電や太陽光発電など、いわゆる再生可能エネルギーの導入も活発化してきています。例えば、東京都は戸建て住宅を含む新築建物に太陽光パネルの設置を義務付ける改正環境確保条例が可決・成立し、2025年度から大手住宅メーカー等が義務を負うことになりました。
 一方で2012年再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)で導入された太陽光パネル(耐用年数約20年)は2030年代後半には寿命を迎え、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の推計では、今後10~15年でパネル廃棄量は10倍以上に増え、2036年には最終処分される産業廃棄物全体の1.7~2.7%を占めると言われています(図6)。

図6. 太陽光パネルの廃棄量の見通し 6)

 同様に1990年代後半以降に導入された風力発電も一斉に寿命を迎え、既に撤去された風車は約150基を超え、寿命を迎えた風車が放置される可能性も指摘されています(図7)。

図7. 設置及び撤去された風車の累計 7)

 風力発電や太陽光発電のネガティブなところばかり紹介していますが、採算が取れている設備もあります。ただ、それらのまとまった情報がどこからも発信されていないので、国の政策に従って自治体や企業が独自に計画・運用しているように思われます。
 2025年大阪・関西万博はSDGs万博とも言われ、「EXPO 2025グリーンビジョン」に基づき、会場内外で様々な環境エネルギー技術が実証・実装される予定にもなっています。先ずは、国内外のこれまでの脱炭素化に有効な取組み、技術や製品などの事例について、SSIが情報収集することから始めいきたいと考えています。


参考文献:

1)https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/jiji/jiji59/
2)https://netzeronow.jp/kyoto-protocol/
3)https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/jiji/jiji62
4)https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html
5)平井、新藤、尾形、「熱充電可能なレドックス電池の熱充電・放電特性」、電学論A、116巻5号、412-418、平成8年
6)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC079BW0X00C22A9000000/
7)https://www.tokyo-np.co.jp/article/1696