マンスリー・トピックス

企業のリーダーシップと切磋琢磨で、 スポーツや芸術の世界のような資本主義市場経済をつくる

社会ソリューションイニシアティブ企画調整室長・教授
伊藤武志

2022年6月
事業におけるフェアネス、ESG重視の歴史

 数千年前に貨幣が使われるようになったことで、商品取引が可能になり、分業と市場経済が生まれたと考えられます。それ以来、呼び方はどうあれ、企業が社会において分業を行いながら、モノを作り、売って、その対価として受け取ることで経済価値を作り、それを社会に分配しつづけています。市場経済の仕組みとしては、ロジカルにはこのような状態であったとしても、自分のためのお金儲けだけを追求する利己的なだけの仕事の仕方は、貨幣が生まれて以来、存在したものとは考えられます。
 この考え方に対して、作り手・売り手である企業と個人が、商品市場において、フェアに行動することで、市場経済が理想的な結果を生むことを示したのが、資本主義の父、アダム・スミスであろうと考えています。日本では江戸時代に、石田梅岩とその弟子が唱えた石門心学において、また近江商人が三方良しの実践で、また大丸が先義後利の実践で示したことかもしれません。渋沢栄一は、明治時代に、社会における正直な事業の仕方を実践し、大正時代には三島中州の考えを受けて義利合一、道徳経済合一説を唱えました。
 1900年初頭には米国において、「最もよく奉仕する者、最も多く報いられる」というシェルドンの言葉で有名なロータリークラブが米国で生まれたことも述べておきます。日本においてもロータリークラブの活動は盛んです(https://www.rotary.org/ja/history-rotary-mottoes)。Kelloggといった会社が社会のための事業推進をしてきた事例もあります。
 戦後においても、多くの経済人がフェアネスのリーダーシップを取ってきたと考えていますが、1つだけ事例を挙げておきます。1つは、オムロンの創業者、立石一真の理念と実践です。立石一真の信念『最もよく人を幸福にする人が、最もよく幸福になる』と社憲『われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう』は、作り手・売り手としてのフェアネスの根本を示しています。
 アダム・スミスを含めて、ビジネスにおけるフェアネスは、重要なものとして認識、実践されてきたわけですが、すべての企業と個人がそのように考え行動してきたわけではないでしょう。それが真に社会全体に普及されるべきものではないかという問いが生まれたのは、ステークホルダー(stakeholder)という言葉が使われはじめた1970年代、その後1987年に持続可能な開発(sustainable development)という言葉が生まれた頃からかもしれません。以来さまざまな活動の積み重ねにより、欧州における資本市場における投資の動きが強まり、ESG(environmental, Social, Governance)が株式上場企業のすべてにとって当たり前な状況に至りました。
 軌を一にして、パーパス経営という言葉も普及してきています。わたし自身は、理念経営とパーパス経営に違いはないと考えていますが、理念を持ち、その実践をするというパーパスの実践というものが、すべての会社にとって大事であり推進すべきものであると考えるようになってきたのだろうと考えています。

SSIにおけるトライアル

 それでもまだ、世界のすべての企業がESG重視の実践をしているわけではありません。日本においても、株式上場企業は確かに大きな経済力や多くの従業員を抱えていても、上場していない企業は数百万社存在し、過半数の働き手がそれらの会社に所属しているなかで、やはりすべての企業のESGのレベルが向上することが、社会全体のESGを向上させるためには必要な段階です。
 Kim とMauborgne(2005)は、戦略キャンバスと呼ぶ図によって、自社や競合他社が提供するモノを通してどのような顧客価値が作られているかの現状把握を行い、また、新しい顧客価値の発見や新しい市場の創造を提唱しました。それに対して、以下の図は、顧客価値だけではなく社会価値、すなわちESG の様々な軸を描いたものです。この図は、ESG の現状を認識し、他企業と比較し、目標を設定し、目標達成のためのアクションの後、改善を把握するといったESG のPDCA マネジメントに使うことができます(図1参照)。筆者は、「消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク」(略称SSRC)という市民団体のグループが作成したESG 診断のための質問表を使い、大阪商工会議所の協力のもと、複数企業にデータ提供をいただいて、個別企業のESG の現状把握と複数企業の平均レベルの把握・共有を実験的・実証的に行っています。

図1

このような取組やデータにより、個別企業のESG 改善だけではなく、企業同士がESGのさまざまな分野において切磋琢磨することで、業界のESG レベルアップにつなげ、さらに社会全体のレベル向上を実現に繋がると考えています。

作り手・売り手のリーダーシップが極めて重要

 各企業が、自らの競争力アップのために、ESGのレベルを向上させていくこともよいでしょう。しかしそれだけではなく、自らのレベルアップを、社会にとっての厚生あるいは幸せにつなげていくオムロンの立石一真創業者のようなリーダーシップは重要です。P.F.ドラッカーが、渋沢栄一を「経営における社会的責任の重要性」を身をもって示したと評価した、そのポイントでもあると考えています。そこには、社会を良くしたいという意図とそのための意欲といった大切な要素があります。
 私たちの社会に必要なのは、フェアネス・ESGにおいてリーダーシップを取って行動する企業が増えることです。良い行動が業界や社会においてロールモデル(模範例)になり、他の企業が、先進企業を見習って、自らの行動を変え、自らが社会や環境に与えている負荷を軽減・改善していくことで、業界や社会のESG レベルが上がっていきます。企業・働き手が見る視野はサプライチェーンへ広がり、さらに社会全体に広がります(図2 左から中央)。時間軸も短期から中長期へさらに超長期へと広がるに違いありません。そういった包摂的な企業・働き手が増えれば業界も包摂的になります(図2 中央から右)。

図2

スポーツや芸術の世界のような資本主義市場経済へ

 ESG においてリーダーシップを取る企業が増えて切磋琢磨していくことで業界のESG のレベルが向上し、それを顧客やその他のステークホルダーが顕彰していく状態は、スポーツや芸術の世界に似ています。あるスポーツを大事に思うひとがあつまり、パフォーマンスを競う。競い合いのうちに、個人もチームもレベルが上がり、教え方も改善し、全体の水準も向上します。そのうちに、まるで芸術的に美しい優れたパフォーマンスがあらわれ、みなそれに憧れます。その裏には努力もあり工夫もあり、コミュニティの助け合いもあります。優れた人たちは、そのスポーツをする人たちのよろこびや願いを代表してもいます。そのスポーツを支持する人たちは、まさにステークホルダーです。審判やステークホルダーがフェア・プレイの精神とルールに則って行動する競技者たちに共感し、評価し、応援するのです。
 こんな共感に支えられた資本主義市場経済を、我々は現代につくることができるのではないでしょうか。