マンスリー・トピックス

「新たな防災」の視点から未来社会を構想する

社会ソリューションイニシアティブ副長/工学研究科教授
木多道宏 

2022年8月
文理を越えた新たな研究部門の設立

 2022年4月、大阪大学先導的学際研究機構(OTRI: Institute for Open and Transdisciplinary Research Initiatives, OTRI)に、「『新たな防災』を軸とした命を大切にする未来社会研究部門(New-POD: Research Division for Future Society that Values Life with a focus on “New Disaster Prevention」が立ち上がりました。OTRIは、「学問分野の多様化が進み、社会との連携が求められている中、組織・社会・国境等の垣根を越えた協働による先導的学際研究をより一層推進し、新学術領域を創成する組織」として2017年に設置されたもので、現在13の研究部門が設けられています。理系の分野の中での学際連携が多い中、当部門は、SSIを中心に文理にわたる研究者が連携して取り組む初の部門として注目されています。

「新たな防災」とは何か

 「新たな防災」とは、「防災」そのものの実践を最終の目標とするのではなく、「防災」という活動を通して、人口減少、コミュニティの衰退、産業の衰退、社会格差、気候変動など、現代における様々な社会課題・地球規模課題に立ち向かい、解決に向けた活動を継続することを指します。極論すれば、たとえ災害がおとずれなくとも、「新たな防災」の活動は、人や社会を未来に向けて持続的に発展させていくものだということです。

 それでは、人や社会の発展とは何でしょうか。それは、「心の成長」を価値観の中心に置き、「心の世界」を広げていくことです。図1をご覧ください。「心の世界」は、相互扶助やまちづくりなど日々の繋がりを通して、人と人の間に形成されていく高次元の世界です。町や地域社会を良くしたいという思い、自分だけでなく他者を幸せにしたいという思いが込められた世界であり、地域や一人ひとりに辛い出来事があったとしても、それを乗り越えることで、新たな「気づき」が得られ成長する世界でもあります。

心の世界と実世界が融合することによって「命の世界」が甦る。
「命を大切にする社会」とは物心すべてに注意を払い大切にすることを意味する。

図1 「命の世界の概念」

戦後の近代化の課題

 戦前の地域社会では、「心の世界」の思いが形となって、社会組織や地域行事などの「社会関係の世界」や、建物、道、水路、インフラ構造物からなる「物理的世界」が成立していました。「自然・生態系の世界」から食べ物や資源を得るために、協同組合や企業などの社会組織を形成し、田畑の開墾や工場の建設などを通して自然を改変することもあります。そもそも、「社会関係の世界」と「物理的世界」は、「自然・生態系の世界」から人々が生活の糧を得るために、それぞれが相互浸透的な関係を持っているのです。

 しかしながら、戦後に構築された社会・経済・空間システムが巨大化・硬直化し、「実世界」を構成する社会関係、物理的環境、自然・生態系の関係が分断されるとともに、「実世界」と「心の世界」との関係が乖離してしまいました。大資本による開発は、地域の「心の世界」に配慮せず、過度な改変をもたらすとともに、地域の人々も社会関係や物理的環境の改善を諦め、自然・生態系に関心が持てなくなっていることも原因です。

時代の転換期における目標

 今後の活動計画を図2に示します。①様々な専門分野の研究者・実践者による「命を大切にする未来社会を構想するためのワークショップ」の開催、②自治体に出向いてのワークショップやサロン、シンポジウムなど場づくりによる「自治体との広域連携の構築」、③大阪大学でのPBL型授業を通した「大阪ベイエリアにおける共創フィールドの構築と実践」を行い、大阪・関西万博「いのち会議」に成果を提案していく予定です。

大阪・関西万博のレガシーとなるよう、万博終了後も活動を継続する。

図2 大阪大学第4期(R4〜R9年度) および将来の行程計画

 私の専門である建築計画・都市計画の分野を振り返れば、時代の転換期にあって、社会や伝統を分断するような都市開発が多発する時には、命を大切にする都市計画のあり方を強く訴える専門家が必ず現れてきました。例えば、産業革命の時代、19世紀末から20世紀初頭にかけて歴史的地区を破壊するような都市開発がヨーロッパを席巻したのですが、スコットランド出身の都市計画家パトリック・ゲデスがコミュニティの命を継承するための「保存手術(コンサバティブ・サージェリー)」という理念を打ち出し、都市の発展を促すためには、過去から現代に至るまでの生命体としての進化の過程を市民とともに理解し、計画に反映させることの重要性を提示しました。この考え方は多くの専門家に強いインパクトを与え、彼が近代都市計画の祖として評価されるまでになりました。

 しかしながら第二次世界大戦後になると、経済成長を背景に、既存の都市を刷新するような大資本による都市開発が欧州、米国、日本へと一挙に広がることになりました。これに異議を唱えた専門家の中で最も重要な人物の一人が、米国の建築家であり研究者であったクリストファー・アレグザンダーです。部屋・建物・道・広場・近隣・町・都市に「無名の質(quality without a name)」という命の存在を宿すための建築・都市デザインの重要性を訴え、多くの建築家、都市計画家、研究者、学生たちに大きな影響を与えました。

 現代は非常に複雑な時代です。多くの人々は伝統や文化、人間性への配慮、自然・生態系との調和などが大切だとわかっているにもかかわらず、グローバル資本主義を背景とした大規模な都市開発がいわゆる開発途上国にも拡大しており、同時に人口減少と縮退、大災害、気候変動など、これまでに経験したことのない課題が複合・山積しています。科学技術も大きな変革を迎える時代の転換点において、文理が融合した「まちづくり」によって、ゲデスやアレグザンダーをも越えた「命の理念」を見出していくことが目標です。

*本事業は2022年SSI協力プロジェクト「『新たな防災』を軸とした命を⼤切にする未来社会の提案」(研究代表者:⽊多道宏教授)に位置付けられています。