マンスリー・トピックス

人間中心の歯科口腔医療の実現への思い

歯学部附属病院 医療情報室長/准教授
野﨑一徳

2021年2月
Society5.0時代における人間中心の歯科口腔医療

歯科口腔医療では回復する見込みのある疾患を扱うケースや疾患と付き合いながら生活をするケースがあります。近未来の社会像であるSociety5.0で想定されている医療では、AIやIoT、ビッグデータを活かし各個人に最適化された治療法やリハビリテーションの提供などの目標が掲げられています。私は最先端テクノロジーを駆使した歯科口腔医療について構想する時、人間中心の医療について考えたい思います。ここでいう人間中心の医療とは、人間の創造性や共創を高めるようなテクノロジーを医療に用いるという概念とご理解ください。人間中心の歯科口腔医療の実現には、社会全体の受容性と創造性豊かに共に生きるコンヴィヴィアリティを高めることが求められると思います。

患者さんの負担を分担する社会の形成

大阪大学歯学部附属病院顎口腔機能治療部の言語聴覚士との共同研究の経験から、口唇口蓋裂患者さんや、疾患により舌の一部もしくは全部を失った患者さんが、リハビリテーションや治療によって問題なく会話のできるようになるために膨大な労力を費やす必要があり、結果的に十分な発話機能の取得もしくは回復に至らないケースも存在します。こういった課題に対して、新たなリハビリテーション手法や人工知能、舌ロボット等の開発にも取り組む必要がありますが、その他の方法として社会科学的なアプローチもあるのではないかと思います。こういった患者さんの発音には個人差がみられますが、多くの共通する特徴があります。もし何らかの方法で患者さんに共通する発音の特徴を、一般社会に住む我々が学習し、患者さんの言葉を正しく理解できるようになれば、患者さんがコミュニケーション時に感じる不自由さを軽減できる可能性が生まれます。このようなアプローチを広げていけば、より多様な方々が社会参加しやすくなり、そこからこれまでなかった共創の可能性が生まれます。

ソーシャル・スマートデンタルホスピタル(S2DH)構想

私が勤務する医療情報室では、日々来院される患者さんのカルテ情報を管理するシステムの運用を行っています。大阪大学歯学部附属病院では、一日約1,000人が来院され、年に約1,000人の方々が入院されています。病院における日々の営みの一部をデータとして記録したものが医療情報としてサーバーに保管されます。このようにして蓄積されたデータを、AIの開発に活かすなど、2次利用しようとする取り組みが2018年より始まりました。それが「ソーシャル・スマートデンタルホスピタル(S2DH)構想」です。S2DHの取り組みにおいては歯科用AIの開発にとどまらず、患者さんのプライバシ保護にも着目し、患者サービスの拡充につながる研究開発も行われています。S2DHでは臨床科医が考えた様々なAIを開発しています。2021年現在、SDGsの実現に向けてSociety5.0の考え方を社会実装するために、都市OSの実装が進められています。マイナポータルはマイナンバー制度の一部として一般に利用されています。マイナポータルは単なるポータルではなく、将来を見据えて種々のプライバシに関わるデータのやり取りを、データ提供者とデータ利用者間で決められた方式により実現する基盤、つまり都市OSの上で成立しています。将来的には歯科口腔医療に関わる種々のAIを用いたサービスがマイナポータルを介して行われる可能性があります。

人間中心の歯科口腔医療の実現

人間中心の歯科口腔医療を実現するために、必要となるテクノロジーとして、パーソナルヘルスレコード、プライバシ保護とデータ利活用技術、都市OS上でのAI、そして疾患による生活への影響そのものへの理解度向上を果たす仕組みが必要とされると考えています。これらを基盤とし、医療に関わるデータのやり取りが公平で透明性のある仕組みの中で利活用され、我々の社会で完全には克服できない疾患の理解を深める上でAIが適切に学習をサポートできれば、社会を構成するより多くの多様な人々の意思を基に物事を考えることになると思います。それはおそらく我々自身の成長に繋がるのではないか、と思います。

図1 S2DHと人間中心の歯科口腔医療との関係