マンスリー・トピックス

未来を見据える価値と想像力の力

社会ソリューションイニシアティブ特任准教授
西村勇哉

2019年10月
私たちはどこに向かおうとしているか

250年前に起こった産業革命は、「”消費”から”投資”」へと時代を動かし、爆発的な富の増大をもたらしました。経済学史家Angus Maddisonによると、1700年の世界の総生産の推計値は643億ドルとされています(注1)。そして、2018年の世界の総生産は85兆ドル強(注2)と、約1,321倍に増加しました。
社会は、投資によって積み上げた富をさらに投資へ回し、さらにより高く富を積み上げるためにより良い投資を探し続けています。250年続いたこの投資に次ぐ投資の流れの先に、私たちはどこに向かおうとしているのでしょうか。

人間は未来を考え将来を予測してきた

紀元前3,000年、メソポタミアで月と太陽の運行から現存する世界最古の暦が作られました。1年が365日であると知ることは、次の実りの時期や冬の到来の時期を知ることで生活の基盤を守るための重要な未来への予測情報でした。人類は、未来を考え、予測を立てながら、時代を超えて生き延びてきました。
近年では、テクノロジーの進化に関する予測情報を元に様々な未来社会の姿が描かれています(注3)(注4)(注5)。また、実際に、人工培養肉や人工冬眠、意識の瞬間移動、バイオロボティクス、人工光合成触媒、環境移送など、現代の科学とテクノロジーは、これまでの時代に成し得なかった多くのことを実現しようとしています。予測されるテクノロジーによって何が起ころうとしているのか、考えておくべきことや事前に対処すべきことは何か、そうした関心は、例えば近年のAIの発展に対する議論の中にも見られるものです(注6)。

私たちが本来手に入れたかった未来とは何だったのか?

一方で、未来を見据える価値は、適切な対処や時代を超えた生存だけなのでしょうか。
250年かけて積み上がった富は、生活の基盤を整え、平和を拡張し、より長く健康な人生を実現してきました(注7)。今、私たちの部屋の中には祖父の世代では思ってもなかったようなテクノロジーが溢れ、100年前の大富豪も得ることが出来なかった方法で日々の暮らしを行なっています。100年前は、文章を手で書き、移動を足や馬で行い、冷房は無く、文章のやりとりは手紙と郵便で行っていました。
積み上がった富は多くのものをもたらしてくれました。では、多くのものを手に入れた私たちは、それらを用いることでどのような社会を実現できるようになったのでしょう。時代は、積み上がった富の行き先を求めているように感じます。消費から投資へと視点を移し、足元を固めるために取り組み続けた250年の中で先送りされてきた「私たちが本来手に入れたかった未来とは何だったのか?」を問うことが求められています。それは、消費でも投資でもなく、実現に向けた富の活用です。

社会の可能性を見つける

未来を見据えることは、対処だけでなく、実現可能性の幅を想像することでもあります。私たちはどこからきて、どこへ行こうとしているのか。その行き先の可能性を想像することは、単なるテクノロジーの予測だけでなく、現代社会の中で盲点となっている社会の可能性を見つけることによってより豊かに行うことができるはずです。
1903年、ライト兄弟がライト・フライヤー号で世界初のフライトに成功した時、世界はまだ飛行機が日常に利用できる社会を想像出来ていませんでした。今、目の前にある社会の延長が100年後の社会であるとは限りません。一方で、ケインズが1930年に「孫の世代の経済可能性」で描いた、労働量が1/4になる100年後はまだ訪れていません。社会の可能性は、自動的な流れの中で生まれるとは限りません。
投資から実現へと視点を変え、富の用い方を変えることが、産業革命以降続いてきた時代を完了し、次の時代の始まりを生み出してくれるのではないでしょうか。


1. https://ourworldindata.org/economic-growth
2. https://data.worldbank.org/indicator/ny.gdp.mktp.cd?most_recent_value_desc=true
3. ミチオ・カク「2100年の科学ライフ」(NHK出版)
4. ジム・アル・カリーリ「サイエンスネクスト」(河出書房出版)
5. ピーター・ディアマンディス「楽観主義者の未来予測」(早川書房)
6. https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/013.html
7. スティーブン・ピンカー「21世紀の啓蒙」(草思社)