マンスリー・トピックス

教育工学研究者が目指す
ニューノーマル時代の教育・学習支援

全学教育推進機構 教育学習支援部 教授
村上正行

2021年4月
コロナ禍におけるオンライン授業の支援と教育工学

2020年、コロナウイルスの影響によって、私達の生活は大きく変わりました。教育機関においてもその影響を受け、大阪大学でもオンライン授業が実践されることになりました。教育担当理事を統括として「COVID-19 に関わる新学期授業支援対策チーム」が発足し、私が所属する全学教育推進機構教育学習支援部とサイバーメディアセンターが中心となって、オンライン授業の支援を行いました。「オンライン教育ガイド」というWebサイトを整備し、オンライン授業に関するFDセミナーも多数開催しました。この中で、対面でもオンラインでも、授業の到達目標に基づいて授業を設計することが重要であることを改めて説明し、インストラクショナルデザインの理論やこれまでに積み重ねられてきたeラーニングや遠隔教育に関する研究の知見を紹介してきました。これらは私の専門である教育工学の範疇と言えます。

教育工学は「教育現場の問題を工学的手法で解決する学際的研究領域」と定義され、「ベストではなく“よりよい”改善・解決を指向する、問題(ニーズ)は“場(フィールド)”にある」と考える学問分野です[1]。このコロナ禍において、多くの教育工学研究者が各大学でオンライン授業の支援に関わる役割を担ったのは、目前の場(フィールド)にある問題を解決・改善していく使命感を抱いてのことだったと思います。

教育データの分析・可視化の有効性

オンライン授業が広く実践されるようになったことで、教育データ分析の重要性がより注目されると思います。Learning Analytics(LA)は「情報通信技術を用いて、教員や学生からどのような情報を獲得して、どのように分析・フィードバックすれば、どのように学習が促進されるか、を研究する分野」[2]であり、LMS(Learning Management System)の学習ログを分析して苦手な問題を推定して支援したり、学生のページ閲覧状況をリアルタイムに把握して可視化して授業進行に活かす、といったこともまた、教育工学分野の研究で行われています。これらの背景には、モバイル端末やセンサの普及によってさまざまなデータを取得できるようになったこと、機械学習などの解析技術が発展し、利用しやすくなったことがあげられます。

私も教育改善の支援を目的として、これまでにさまざまなデータを分析・可視化する研究に従事してきました。例えば、大学の授業において、授業映像から学生の集中度や活性度の推定[3]、アクティブ・ラーニング型授業の授業状況の分析・可視化(図1)[4]、授業映像から得られた学生の姿勢に対するクラスタリングに基づく学生の受講状況の推測[5]、といった研究に取り組んできました。これらのデータを授業映像と合わせて視聴・分析することによって、授業改善につなげることができます。

図1. アクティブ・ラーニング型授業の映像分析に基づく授業状況の推定・可視化

また、小中学校を対象とした研究にも取り組んでいます。例えば、中学校の数学において生徒がつまずいた部分を適切に把握できるようにするために、タブレットのペンストロークデータの解析に基づいて答案の解答停滞箇所を可視化する研究[6]、小学校の国語の授業において児童がページ遷移や文章へのマーカー付けをどのように行っていたのかを可視化する研究(図2)[7]などがあります。これらによって、教員の児童・生徒への指導方法を支援することができます。

図2. 小学校のタブレット利用における児童別・時間ごとのマーカー利用有無状況の可視化

GIGAスクール構想によって小中学校での1人1台端末の整備によるICTを活用した教育、大学におけるパソコンの必携化(Bring Your Own Device:BYOD)が推進されるとともに、オンライン授業も普及したことから、今後、さらに教育データの分析や可視化、人工知能の知見を活かした教育・学習の改善の取り組みが広まっていくと思います。例えば、アダプティブラーニング(adaptive learning)のように、学生個人に最適化した学習の支援が進んでいくことも予想されます。また、インクルーシブ教育の観点から考えると、オンライン教育や教育データの分析・活用などによって、多様な教育機会の提供が可能になったと言えます。例えば、不登校の生徒が心理的抵抗の軽減によって授業に参加できるようになる、聴覚障害や発達障害等で聞くことに困難さを感じる学生に対して動画の字幕表示で対応できる、などがあげられます[8]。

このように教育データの分析や可視化が進んでいくことで便利になる一方、教育データに関する倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues:ELSI)も生じることになり、同時に対応が必要になってきます。学習のための記録からプライベートな情報が推測されてしまう、過去の成績や行動が現在のさまざまな判断に利用されてしまう、などが考えられます。教育において個別最適化が常に求められるわけでもありませんし、グループ活動などを含め、どのように教育・学習をデザインしていくのか、ということが重要になってくると思います。

教育DXとニューノーマル時代の教育に向けて

近年、注目されているキーワードにDX(Digital Transformation)があります。DXは「進化したIT技術を浸透させることで、人々の生活をより良いものへと変革させる」と説明されますが、教育においてもこのDXを取り入れて、変革していく必要があります。大学教育においては、教学マネジメントの観点から、学習・ミクロ教育・ミドル教育・マクロ教育の4つのレベルから構成されると整理されていますが[9]、それぞれの層においてDXに取り組むことが可能(学修成果の可視化、授業のDX化、データに基づくカリキュラム改善、DX環境の整備)だと考えられます。

大阪大学ではニューノーマル時代に向けて、“ブレンデッド教育”の推進が提唱されていますが、その中で、新しい教育・学習の方法、支援に取り組んでいく必要があると思いますし、私自身、教育工学研究者として少しでも貢献したいと考えています。



参考文献

[1] 日本教育工学会 将来構想ワーキンググループ(2020)「Vision 2030: 学会の将来構想公開討論会」発表資料(参考資料Ⅱ) https://www.jset.gr.jp/news/jset-vision/

[2] 緒方広明(2017)「大学教育におけるラーニング・アナリティクスの導入と研究」日本教育工学会論文誌Vol.41, No.3 , pp.221-231

[3] 村井文哉、角所考、小島隆次、村上正行(2015)「授業映像に基づく雰囲気認識のための基本特性と観測特徴量」教育システム情報学会誌, Vol.32, No.1, pp.48-58

[4] 村上正行,豊浦正広,西口敏司,水越駿,阪口真也人,塙雅典,茅暁陽(2016)「アクティブ・ラーニング型授業の映像分析と可視化」日本教育工学会第32回全国大会講演論文集pp19-22

[5] 小竹原祐希,角所考,西口敏司,飯山将晃,村上正行(2020)「講義映像に基づく受講者の多様な状況認識のための挙動のクラスタリング」教育システム情報学会誌Vol. 37, No.2, pp.120-130

[6] 飯山将晃,中塚智尋,森村吉貴,橋本敦史,村上正行,美濃導彦(2017)「ペンストロークの時間間隔を用いた解答停滞箇所の検出」教育システム情報学会誌Vol. 34, No.2,pp.166-171

[7] 村上正行(2021)「1人1台端末を活用した教育における学習履歴の可視化と活用」学習情報研究2021年5月号, pp.16-19

[8] 小川修史, 野口晃菜(2021)「インクルーシブ教育の観点に基づくオンライン教育の可能性」教育システム情報学会誌Vol. 38, No.1, pp.16-23

[9] 佐藤浩章(2019)「教学マネジメントの構造 : システムとしての4層モデルの提案」IDE : 現代の高等教育 Vol.612, pp.20-25