マンスリー・トピックス

共創の音楽で次世代を育み、共生社会を実現する

一般社団法人エル・システマジャパン代表理事 
菊川 穣

2023年9月
エル・システマジャパンとは

エル・システマジャパンは、誰もが自由で創造性を発揮できる共生社会の実現を目指して、希望すれば誰でも参加できる音楽教育プログラムを、日本各地で展開しています。活動の礎は南米ベネズエラで48年前に始まった無償でありながら仲間と共に芸術の高みを追求する音楽教育プログラム。エル・システマと呼ばれるこの活動は、世界70以上の国・地域で、貧困、移民・難民、自然災害、孤立・自殺予防等、多様な社会課題に取り組む形で独自に展開され、子どもたちの生きる力を育み、より良い社会を作ることを目指しています。

日本では東日本大震災・原発事故からの復興を目指して、2012年に相馬子どもオーケストラ&コーラスが、福島県相馬市で開始。その後も、2014年より、同じく復興支援の一環として大槌子どもオーケストラと学校吹奏楽部支援が岩手県大槌町でスタート。2017年には、国内における文化芸術アクセス格差の是正を目的として駒ヶ根子どもオーケストラが長野県駒ヶ根市、障害のある子どもが自由に参加できるインクルーシブな合唱団として東京子どもアンサンブル(設立時は東京ホワイトハンドコーラス)が、首都圏の子どもたちを対象に発足。設立10周年の2022年には、都市部における子どもの体験格差解消を目指して、豊中みんなの音楽教室が大阪府豊中市に、既存の児童合唱団をよりユニバーサルなものにするチャレンジに取り組む舞鶴子どもコーラスが、京都府舞鶴市に誕生しました。2023年は、社会的養護下にある子どもたちにも豊かな芸術環境を提供するため、神奈川県川崎市にて、弦楽りぼん・児童養護施設プロジェクトが始まりました。

特徴として、活動の持続可能性を担保し、地域における、より広範囲ステークホルダーの声を反映するため、これらの活動は、なんらかの形で、地元地方自治体、公共施設、文化芸術団体、地元民間組織との共催、協働事業として運営されています。2023年9月時点で、学校での授業サポート等、間接的な支援を含めると約2400人の子どもが参加しており、卒業した初期からのメンバーは逞しく成長し、大学生や社会人として様々な形で故郷へ貢献し、本事業の指導者として活躍しています。これまで実施された慶應義塾大学SFC研究所による外部評価調査の結果からも、地域社会やコミュニティにも確実にポジティブな変化をもたらしていることが観察されています。

また、より自由度の高い活動として2013年に始まった、世界的作曲家である藤倉大氏監修による音楽家と子どもたちの対話ワークショップ形式による作曲教室は、相馬市から、東京都、沖縄県読谷村、鹿児島県霧島市、そして群馬県中之条町と、地域の文化芸術団体、アート・音楽フェスティバルと連携することで広がりつつあり、注目を集めています。

SDGsの観点から大切にしていること

基本的な考え方は、誰一人取り残されることなく、皆で音楽をつくっていく場を作ること。SDGsの目標で言えば、4(質の高い教育をみんなに)と10(人や国の不平等をなくそう)が主なターゲットとなります。指導レッスンや楽器、楽譜等、すべてを無償で提供し、内容を工夫することで、障害があっても、初心者であっても合唱やオーケストラに加わることができ、他の人の音を聞きながら、誰とでもハーモニーを奏で、コミュニケーションをとり、かつ自己表現することを学びます。実際、私たちの教室では、目がみえない子、発達障害の子、LGBTQの子、ひとり親家庭の子、外国にルーツのある子、社会的擁護下にある子等、様々な子どもたちが一緒に活動をしています。また、単に楽しく参加することにとどまらず、プロの音楽家との共演や鑑賞など、質を確保することも重要視しています。

さらに、広義には、16(平和と公正をすべての人に)も大切な目標としています。誰にとっても自由で、差別や抑圧がなく自分らしくいられる日々の居場所としての音楽教室の場は、海外の音楽家や子どもたちとの共演や交流の機会へ繋がります。子どもたちは、音楽を通して、文化や言葉の違いを越えて、ひとつのものを共につくり上げられる喜びを知ることができ、これは、平和と公正の実現に向けて大きな意味となると信じています。

こうした価値観をより、日々の活動の中で反映させていくことを目的として、指導者・関係者のため、子どものセーフガーディング行動指針を策定しています。また、10年という節目を迎えた昨年、団体としてのクレド(信条)(喜び、ケア、尊厳、芸術性、責任)を作成しました。エル・システマジャパンが提供する音楽の学びの場は、楽しく、ケアの精神に溢れ、一人一人の尊厳が守られ、心置きなく芸術性の高みを追求できる環境であり、関わる私たちは、その環境を保障するための責任を負っていると信じています。