マンスリー・トピックス

中小企業・スタートアップのサステナビリティをどう測る?

SSI招へい研究員、眞々部技術士事務所代表
眞々部貴之 

2021年8月

私は中小企業のコーポレート・サステナビリティに関心があり、SSIでもこれを研究テーマとしています。現在本業では金融系の情報サービス企業でESG情報に関する業務に携わりつつ、個人事務所でNGOやスタートアップ、中小企業に伴走し、サステナビリティに関するアドバイスなどを行なっています。以前はEコマースなどを運営する企業でESGの開示を含むコーポレート・サステナビリティを担当していましたが、そのころから中小企業の経営者の方々と関わる機会も多く、ESGの議論において大企業と中小企業の置かれている状況の違いに関心を持っていました。

上場企業で進むESG

特にここ数年で、企業経営のリスク要因として、あるいは持続可能な成長のドライバーとして、非財務的な側面が着目されており、大手金融機関による責任投資やESG投資が主流化されてきました。これに押される形で、主に上場企業において非財務情報の開示や関連するパフォーマンスの改善への動きが進んでいます。
上場企業をはじめとする大企業はアセットオーナーや機関投資家をキー・ステークホルダーとして、いわばトップ・ダウン的にESGに取り組む流れができたため、上場企業のなかでもESGの進捗はトップ・ティアの大企業から、徐々に比較的小さな規模の上場企業に波及をしているところのように見えます。2021年6月には東証コーポレート・ガバナンス・コードが改訂され、プライム市場に上場する企業がTCFDなどに沿った気候変動関連の開示が必須になるなど、さらにこの流れは進むことが期待されています。

中小企業・スタートアップは取り組みにくい?

一方で中小企業やスタートアップなどは、大企業と比較すると、取り組みは主流化されていないようです。その理由としては、インセンティヴがないこと、サステナビリティに割けるに人的資源が不足していること、そして参照可能なフレームワークの不足があげられます。

中小企業が取り組むインセンティヴ

中小企業であれば、財務情報の開示により投資が拡大することや、ESGに関連する規制を受けることもありません。ですから、中小企業がコーポレート・サステナビリティやESGに取り組むモチベーションが生まれにくい事情があることは事実です。実際に、スタートアップと深くかかわっている方に伺うと、現状のESGの枠組みでスタートアップが投資を受けられるかというと、難しいという感想を持っている方が多いようです。中小企業は、取引先や消費者からの認知や、社員、地域社会からの支持を得るなど、ステークホルダーとの関係性を見直す機会としてとらえたほうがよさそうです。

中小企業のESG担当は誰?

大企業と比較すると、中小企業にはESGの専任担当者を置くことが難しく、取り組みを進めることができないという声をよく伺います。確かに大企業では、コーポレート・サステナビリティの専門部署(私もかつてここに所属していました)や、IRなどの部署がESGの開示を行ってきましたが、こうした専任の部署で検討した内容をどのように経営課題として経営層に理解してもらえるか、どのように多くの従業員に浸透させることができるかといった点が課題になります。一方中小企業では、特別な人員が割けない分、経営者が責任をもち、小さなチームで取り組みを進める必要がありますが、大企業と比較して、意思決定や実施スピードが格段に速くなります。トップが課題を認識し、取り組みを進めることにコミットした後は、中小企業のほうが進めやすいこともあると考えています。ESGは非財務情報、つまり企業経営にかかわる財務以外のすべてが対象になりうることなので、企業の規模が大きくなればなるほど、事業の種類が増えれば増えるほど複雑化していきます。

中小企業も使えるフレームワーク、B-Corp

SASBやGRIといった、ESG開示のフレームワークをそのまま中小企業に当てはめることは難しく、中小企業でも対応可能なものを利用することができないと取り組みが進みません。現時点でもっとも有力なものとして、「B-Corp」があります。今年私は、このB-Corpを日本でも主流化していくために、関連書籍を翻訳する取り組みに参加したことがきっかけで、その仕組みを詳しく知ることができました。

B-Corpは、非営利団体B Labが運営する企業評価と認証のプログラムです。創業後1年以上が経過した企業であれば、どの企業でもBインパクトアセスメントと呼ばれる調査に回答することができ、一定以上のスコアを獲得した場合、B-Corpとして認証を受けるための審査を受けることができます。日本では認定企業はまだ数社ですが、B- Corpの公式ウェブサイト上では全世界で4,402社が紹介されています。Ben and Jerry’sや各地のDanoneなど、なじみ深い企業から、Allbirds, Inc.や、Courseraなどのスタートアップも含まれています。

大企業向けのESG調査は、ESG評価機関などから送られてきた調査票に期限までに回答する形式が多いですが、Bインパクトアセスメントは、好きなタイミングで、いつでもセルフチェック形式で回答をすることができます。ガバナンス、ワーカー(従業員など)、コミュニティ、環境、顧客などの大項目からなる200問弱の質問に答える必要があります。すべて英語で、文化の違いから内容がすぐに理解できないような質問もあったりしますので、この質問に即座に回答するのは容易ではありませんが、親しみやすいユーザー・インターフェイスや、質問を入力するとすぐにスコアとして反映される透明性も含めて、できるだけ回答がしやすいように配慮されています。

今年、ある地方の中小企業と一緒にこのBインパクトアセスメントに挑戦してみました。対応ができておらず、すぐに回答ができない項目も多くありましたが、中には、「地域の事業者からの調達」といった、当たり前のように行っていたものの、サステナビリティの視点で考えていなかった項目もあり、自信と気づきにつながったとおっしゃっていました。また、文化的に現状の日本の経営では取り入れにくいように思える項目についても、そうした項目を見ることでその企業の社長さんは「これからはこういう視点でも経営を考えなくてはならないのか!」と新鮮な驚きの声をあげていました。また、質問の回答では、関連する文書が整備されていることなども重要な項目になるため、組織を作っていく際にも参考になったようでした。まさに、日本の中小企業のサステナビリティを計測するフレームワークとして機能したのです。

中小企業・スタートアップのサステナビリティを評価するために

とはいえ、日本の中小企業がB-Corpに回答するためには、文化や言語の壁もありなかなか難しい状況です。SSIでは、消費者などステークホルダーの視点に立った企業評価の研究が進められています。そうした成果も踏まえ、私が日々関わっている中小企業やスタートアップの皆様と実際に議論をし、日本の中小企業がサステナビリティに取り組みやすくなるような企業評価について考えていきたいと思います。

図1.Bインパクトアセスメントの回答画面