マンスリー・トピックス

「つなぐ」からプロジェクトを視る

社会ソリューションイニシアティブ特任講師
小出直史

2020年8月

はじめまして、2020年11月から大阪大学社会ソリューションイニシアティブ(SSI)に着任した小出直史(こいでなおし)です。わたしの専門は発生工学・細胞生物学・薬学と自然科学出身ではありますが、このたび、文部科学省事業「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」を担当することになりました。
これまで、iPS細胞を用いた再生医療開発の研究現場において、様々な「つなぐ」を企画・調整・実践してきました。今回は、再生医療開発の最前線に身をおいた経験について「つなぐ」という視点から紹介するとともに、人文学・社会科学の共創知創出に対して、それらのノウハウを最大限活かしきる可能性と別の視点を導入する必要性について話題提供したいと思います。

再生医療開発における「つなぐ」プロセス(図1)


図1.「つなぐ」プロセス

▷プロセス1:「掌握」全体を構造的に把握・分解し、課題を掌握する

再生医療はじめ大きいプロジェクトでは、一定以上の経験知・専門知がないと潜在化している課題にアクセスすらできないことが散見されます。例えば、再生医療ではiPS細胞、移植組織などの細胞に関する技術や移植手術に注目が集まりますが、現実には、周辺技術に潜在的な課題が数多く存在しています(図2)。


図2.細胞移植までのフローと開発項目例

▷プロセス2:「企画」マイルストーン設定と「時間」の罠
多くの課題解決では技術開発を伴いますが、深掘りしすぎて時間をかけないように「どこまでやるか」を事前に決めておくことが重要です。時間を考慮に入れない的な技術開発は、実証・検証の時期を遅らせるだけでなく、時間経過そのものがリスクとなり得ます。例えば、時間をかけて完成させたものの、状況が変わって必要なくなってしまったというケースがあります。一方で、必要最低限を安易に設定することは、うまく説明しないと技術系研究者との関係破綻を招くリスクがあるため配慮が必要になります。

▷プロセス3:「調整」多様な価値観・言語・立場をキャンセルする
再生医療開発では、➀基礎研究と応用研究の連携(トランスレーショナルリサーチ)、➁民間企業との連携(産学連携)、➂医師・病院関係者との連携(臨床研究)、➃多施設臨床研究に向けた医療機関の連携(病院間連携)、➄事務・支援部門との連携(研究支援業務)など様々なプレイヤー・ステークホルダーと同時並行的に連携することが必要でした。仮に同じ事柄について議論していたとしても、立場によってメリット/デメリットは異なります。例えば、研究者と営利企業が真に目指すところは異なることが多かったです。異なる価値観・言語・立場に対して、翻訳や図示などを駆使してそれぞれのメリットを最大化させる調整が大切です。また、良好な関係を構築するには、調整段階でのズレを最小化することが肝要といえます(図3)。


図3.ステークホルダーとプレイヤーをつなぐ関係図

▷プロセス4:「提案」個を消して無限に提案し続ける
ステークホルダー間の価値観・言語・立場について最大公約数を見極めるには、「提案-確認-手直し」のサイクルを高速に回すことが一番の近道と言えます。話し合いの場を提供するだけでは議論はまとまりにくく、焦点を絞ってメリットデメリットを提示し選んでもらうことが効率的でした。また、提案側のアイディアを無理に主張しないことも大切であり、確認-手直しのみであればコンセンサスを得るスピードおよび確実性を最大化することができます。ここで重要になるのは、議論の下地となるアイディア出しであり、万全な準備を心がけることが大切です。

▷プロセス5:「完了」終わりのタイミングを見誤らない
仕上げは、それぞれのプロジェクトを完了させることです。ここで意味する完了とは「やり終える」と「中止する」の二つを意味します。「中止する」ことは決してネガティブではなく、芽がない(期待値が低いも含む)ものは早く切り上げて、次の策を考えます。やめ時を誤り、継続することは、一番貴重な「時間」を失う事に直結し、当事者の満足感とモチベーション喪失に繋がるリスクを高めます。したがって、一見冷酷に見えたとしても、科学的・経営的な根拠に基づいて、「やめる」判断を下すことはとても重要です。

人文学・社会科学の研究分野へのチャレンジ

学術知共創プロジェクトを担当し始めて、再生医療開発の研究現場で得た知見を活かせる部分とそうでない部分が見え始めてきました。これまでの経験知である「つなぐ」の基本的な手法・ノウハウを活かしつつも、「人間のあり方」「多様な価値の受容性」など白黒はっきりしない課題に対するアプローチとして、「効率性を捨てる」「あえて目線を合わせない」といった対極的な考え方を取り入れる必要性を痛感しています。根源的な問いに対する人文学・社会科学の共創知創出に向けて、効率性から離れた一見遠回りでもある「説得を紡ぐ」という新しい「つなぐ」にチャレンジしたいと考えています。