マンスリー・トピックス

子どもの発達の可視化を通して了解可能な社会を目指す

連合小児発達学研究科教授
片山泰一

2019年7月

私が働く連合小児発達学研究科は、大阪大・金沢大・浜松医大・千葉大・福井大という5つの大学が連携し、しかも文系・理系が融合・一体となって、いわゆる子どものこころ・発達・メンタルヘルス等に関する諸問題を学際的に取り組み、研究・教育・多角的な視点を持った人材育成を行うことをミッションとして作られた研究科です。なかでも「発達障がい」に関する研究は最大のテーマです。「発達障がい」の問題は、近年、社会問題としても大きくメディアでも取り上げられていますが、世の中の理解を得られているとは言えない状況です。原因として考えられる大きな課題の一つが日本人の多様性に対するバリアであり、その根底には日本人の「人と同じでなくてはならない」と刷り込まれてきた教育の問題でもあると考えられます。

「当たり前」の罠

そこで、私たちは、子どもの多様性を認めるために気を付ける第一のポイントとして、「当たり前」という言葉に気を付けるよう伝えます。実際は、一人一人の脳の回路は違っており、結果、脳での処理が異なるため、自分の「当たり前」と他人の「当たり前」は異なっている方が自然と考えるべきです。

けれども、発達障がいの問題は「脳の回路が違う」ということだけで起きているわけではなく、社会との相互作用の結果、生じていると考えられます。従って、当事者と周囲のどちらもが互いの考え方や感じ方を分かれば、互いが「了解可能な状態」となり、互いの「困り感」は著しく軽減され、皆が生きていきやすい社会となるはずです。

皆が了解可能になるためのキーワード「可視化」

ではどうすれば、外部から見えない互いの考え方や感じ方を少しでも理解することができるでしょうか?

そこでの第二のポイント「可視化」というキーワードです。

我々連合小児発達学研究科では、様々な形で子どものこころを理解するためのアプローチを試みています。(図1) 例えば大阪校では、発達障がいは「持って生まれた脳の回路の特性に由来するもの」との考えから、脳発達の仕組みを分子・細胞レベルで解き明かす基礎研究や発達障がい、児童思春期の精神疾患発症メカニズムを分子レベルで解明することを目的とする基礎研究、さらには脳磁図やfMRIを用いた自閉スペクトラム症(ASD)の特性の可視化、小児におけるオキシトシン点鼻の臨床研究、小児の睡眠障がい研究などを行ってきました。なかでも臨床で蓄積したノウハウを生かした睡眠習慣の改善を目指して、乳幼児期の子どもを持つ養育者向けに開発された双方向性スマートフォンアプリ「ねんねナビ®」は、学内でのトライアルを経て、自治体(大阪府東大阪市)で社会実証を行っています。

図1大阪校における臨床研究オーバービュー
(出典:子どものこころと脳の発達 10(1) 2019から抜粋)

 

「可視化」は、支援の方法や効果の検証にも利用されています。例えば、子どもに対する見方をポジティブに変えていく行動療法に基づくペアレント・トレーニングを行い、必ず様々な尺度を用いて可視化し、効果検証してフィードバックを行ったり、ヒューマンビッグデータ収集分析システム『ビジネス顕微鏡』という最新技術を用いてASD児へのソーシャルスキルトレーニング施行時のコミュニケーションの可視化を試みて、興味深い結果を得ています。池田市との委託事業で作成されたイケダつながりシート「Ikeda_s」は、行政と当事者、当研究科教員が一体となって子どもから大人までライフステージを通じて使用できるツールです。このシートは、学術的に認められた尺度を参考に一人一人の得意なこと苦手なことが客観的に蓄えられ、その人の凸凹を俯瞰できるので、教育・福祉・支援など様々なシーンで「可視化」できるツールとして期待されています。5大学とJVCケンウッド社と協同で開発した「かおTV」という視線計測装置は、赤ちゃんを膝の上に乗せて、赤ちゃんに2分ほど動画を見てもらい、測定直後から、お母さんに赤ちゃんが見ていた軌跡をすぐにリプレイできます。(図2)それにより、お母さんがお子様の行動を理解し、保健師さんからのアドバイスを非常にスムーズに捉えられるようになります。

図2 かおTV測定の様子 (出典:JVCケンウッド社提供)

教育における「可視化」

最後の「可視化」は、集団の可視化、特に教育現場で起きている様々な諸課題の可視化です。

我々は、2015年秋に文部科学省からの委託による「子どもみんなプロジェクト」を開始しました。本プロジェクトは、いじめ問題をはじめ、暴力行為、不登校など、生徒指導上の諸課題に対して、科学的な視点を導入し、教育現場と研究者が領域の壁を越えて、同じ現象を多視点からとらえるためのプラットフォームの構築を目指しています。

我が国では、「問題を起こしている子ども達」に原因を求める傾向にあります。けれども本来は、問題が起きる前に当該子どものみならず集団の環境を測定する必要があります。なかでも「学校風土」は特に重要です。良い学校風土は子どもの行動上の問題を減らすだけでなく、学力の向上にもつながると報告されています。我々は、学校現場の協力を得て、予備調査・大規模調査を経て信頼性妥当性を検証し、わが国初の学校風土尺度を作成しました。その尺度を用いて調査し、その結果に応じた実践を実際の学校で行い、一年後、再び学校風土を測定しました。その結果、学校風土スコアは改善し、下位項目では「子ども同士の関係性」等の改善が見られました。学校風土を可視化することで、学校・学年ごとの強み、課題などが分かりやすく理解され、先生方のエネルギーの注ぎ方の優先順位も変わります。集団の雰囲気が良くなることで、いじめ、暴力、不登校など多くの課題が改善に向かうことが分かってきました。

最後に

科学を切り口にすることで、広い意味での可視化が進んで子どもの複雑な問題が分かりやすくなる可能性があります。人の発達は一人一人違っているので、子どもや人の発達に正解はないでしょう。自分と人はどこが違うのかが客観的に見えるようになることで互いの理解が進み、その子供の発達に合ったその子供に相応しい関りや教育が促され、了解可能な社会が実現すると考えています。「可視化」を通じて特性を知り、生かし、褒めて育てて、人にも自分にも優しい社会になることを願ってやみません。