マンスリー・トピックス

パーパス経営の実践 
~「外部不経済の内部化」を企業の力で実現する~

社会ソリューションイニシアティブ企画調整室長・教授
伊藤武志

2021年10月

現在、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資は欧州に先導され進み、世界的トレンドになってきています。国連やNGOを含めて様々な組織・機関が示す枠組みや基準、目標といったものが設定され、取引所に株式を上場している企業はそれに基づき開示を行い、その企業の開示情報に基づいて、ESG評価機関は、企業の公開情報や直接の調査と多数の評価軸により企業のESGのレベルを評価しています。

「パーパス経営」が世の中で支持されはじめてきたことも追い風です。パーパスとは目的や存在理由のことです。企業の目的・存在理由とは、顧客や働き手、取引先、地域、政府、地球環境といったステークホルダーに貢献すること、あるいはステークホルダーに対してかけている負荷を軽減することです。昔から、良い経営をしている会社は存在しました。そういった会社については、パーパス経営ではなく理念の実践という言葉で表現されていたと思います。

現代の企業の在り方は、利益追求だけにとどまらず、ESGの同時追求という本来の姿になってきたと考えています。本稿では、企業の在り方、パーパス経営の実践について、外部不経済の内部化というキーワードを題材に説明していきます。

なお商品・サービス提供主体には公的セクターもNPOもありますが、ここでは企業と総称します。

外部不経済の内部化という重要な概念

「外部不経済」は、より良い経済社会をつくり出す上で、とても重要な概念です。

企業は自社が売上げをあげるために、そして購入者は商品・サービスを利用するために、商品・サービスが製造・販売・購入・利用されます。企業にとっても購入者にとってもその行動は自分のためです。しかし、その商品・サービスの製造や利用の過程で結果として環境汚染が発生している状態があり、その環境汚染を無くしたり浄化したりする費用を企業が払わず、汚染の責任も取らない状態がありえます。それが外部不経済であり「負の外部性」ともいわれます。企業と購買者という当事者以外に費用が及んでいる状態です。その典型が公害問題です。このときの費用は、実際にお金を払うというよりも、環境負荷という言葉があるように、当事者以外に負荷がかかったり被害を与えたりすることです。その負荷や被害を外部費用ともいい、当事者が負担した場合はそれを私的費用といいます。

外部不経済の内部化は、規制主体と売り手が実現してきた

より良い社会づくりのためには「外部不経済」が発生している状況を防ぎたい。そのための代表的手段として、企業が税金でその費用を負担する制度や、費用を政府が補助金として拠出する仕組みで解決する方法など、制度的な方法があります。経済学者のピグーの名前をとって、それぞれピグー税、ピグー補助金と呼ばれます。

しかし、外部不経済の内部化は規制主体だけではなく、商品・サービスの生産・販売者である売り手が、独自の営々とした工夫・イノベーションで実現してきました。売り手が環境負荷を生んできたはずと感じる方々もおられるかもしれません。たしかに従来から多くの売り手が公害を生み出し、それにより多くの人々が大変な被害を受けてきました。また今でも外部不経済は生まれ続けており、それを解決する必要があります。しかし売り手の努力が公害を減らしてきたことも事実です。

「外部不経済のコストを内部化し価格に転嫁しない」努力は極めて重要な売り手の役割です。例えばさまざまな工夫でコストを節約し、その分で脱硝・脱硫装置を付けることでNOxやSoxの排出を減らし、価格を上げずに、環境負荷である酸性雨など公害を減らしてきました。こういった売り手の努力を応援し促すことが、買い手や規制当局の大事な役割です。

働き方における外部不経済

外部不経済に関して、今度は環境ではなく、働き方について考えます。例えば、A社が賃金や福利厚生、労働環境が世の中の基準において望ましいレベルを超えている会社、B社がそうではない会社とします。みなが働きたい会社はA社でしょう。一方、人件費を低く抑えられる会社はB 社です。B社は自社が払うべきコストを従業員にしわ寄せしており、すなわちB社の外部費用を従業員が負担しているとも言い換えられます。一方、A社はその費用を従業員のために支払い、内部化しています。

次に商品・サービスの価格を考えます。かかるコストに利益を乗せて価格を設定することをコストプラスの価格設定と呼びますが、価格が安くなるのは当然B社です。2社の商品・サービスの品質が全く同じだとします。価格はB社の方が安く、働き方も買い手から見えないとすると、私たちはどちらを買うでしょうか。品質が同じで価格が安いB社の商品でしょう。するとA社の商品は売れなくなり、会社をたたんで市場から退出するか、せっかく内部化できていた費用を外部化することになり、A社の労働環境は悪化します。A社が市場を退出したりやむを得ず値下げをすると、B社のようになっていきます。するとB社のような会社の割合が増え、安価な商品ばかりになって市場全体の価格は下がります。業界の1人当たり付加価値、平均給与も下がります。一旦、市場価格が低下しますと、同じものをより高い価格で販売することはきわめて困難になります。

このような業界で働いている人は待遇改善を求めて、自社や業界に労働組合があれば訴えるかもしれませんが、一人で声を上げても改善はなかなか難しいでしょう。訴えを起こすことで本人が不利益を被ることもあります。規制当局の介入もありえますが、多くの会社への介入は困難ですし、業界全体の労働環境が悪化していれば、1社に立ち入っても問題は解決しません。

企業が外部不経済の解決を推進し、業界、社会を巻き込んでいく

このような状況は、業界や社会全体として改善されていくことが望ましいといえるでしょう。それにはどのようなことが必要でしょうか。

まず売り手が自らの行動を改善し、自らが社会や環境に与えている負荷を軽減・改善していくことはもちろん必要でしょう。ですがその行動は同時に、業界や社会においてロールモデル(模範例)にもなります。他の企業が、先進企業を見習って、自らの行動を変えていくことによって、業界や社会の企業のレベルが上がっていきます。また、そういった取り組みを買い手が知り、買い手が支払うことによって解決することも大切です。

業界や社会に、働きかけていくことも重要です。社会や環境への負荷にかかわることについて、業界内で協力していくことは大切ですし、業界を超えた取り組みも重要です。廃棄物のリサイクルにおける開発・製造・物流における協力はその実践例といえるでしょう。

企業のなかには、こういった行動を率先して行ってきた会社がありました。ですがきっと、パーパス経営を旗印に多くの会社が行動をはじめている今、そう遠くない日に、企業の力で世の中が本当によくなったと実感できることを信じています。

図1. 外部不経済の内部化

社会の公器として顧客価値、経済価値、社会価値を追求するパーパス経営では、外部不経済を市場機構に取り込んでいく(内部化) 。それはピグー税や補助金だけでなく、企業の改善・イノベーションと顧客の負担でこそ実現される。それでも外部不経済は残るため、みんなで解決する。