マンスリー・トピックス

私たちが創り出す価値 
~私たちは自らを支え、同時に社会を支えている~

社会ソリューションイニシアティブ企画調整室長・教授
伊藤武志

2020年12月

みなさまの多くはCSVという言葉をお聞きになったことがあるでしょう。CSVは、”Creating Shared Values”、「共通価値の創造」と呼ばれます。これを提唱したPorterとKramer(2011)は、「共通価値」は「社会のニーズや問題に取り組むことで社会的な価値を創造し、その結果、経済的な価値が創造されるというアプローチである」とします。この活動はいま全世界で共感され実践されています。先日もSSIの「車座の会」(車座とはまるくなって対話するという意味)という企業の集まりでも、京都の綾部から始まるグンゼ株式会社のCSV活動のお話をしていただきました。

企業・組織で働く私たちは、多くのステークホルダーのために価値をつくり、支えている

本稿では、企業などの組織が生み出す価値についてお話します。私たちが生み出している価値といえます。これを3つの価値、「顧客価値」、「経済価値」、「社会価値」にわけて、企業の立場から、左から右に示したのが図表1です。ここでの顧客価値と社会価値はそれぞれ、CSVにおける社会的な価値を2つに分けて、前者を顧客にとっての価値、後者を社員や地域社会、環境、取引先、その他の関係者(「ステークホルダー」と呼びます)にとっての価値にわけたものだと考えてください。
1つ目の顧客価値の創造は、企業側としては「社会と顧客にとって、必要な商品・サービスをつくりつづけること」です。顧客の立場からは、商品・サービス(以下、「モノ」とします)を使うときに得る価値(使用価値)です。具体的な役立ちといったニーズに応える機能的な価値だけでなく、そこで生まれる満足や喜びという感性的価値を含みます。また、既存のモノだけでなく、世の中が気付いていないニーズやいまだ対応できていないニーズに応えるモノを創り、新しい価値を生むことも大事です。企業は、様々な市場で、社会や顧客にとって優れたモノを提供しそのレベルを上げつづけることで、社会や顧客から評価や支持をされ、結果として競争においても優位に立ち、長続きする企業になるわけです。
2つ目は経済価値の創造です。顧客価値において秀でた価値を提供しつつ、またその結果として、「十分に儲かりつづけること」です。これは企業がモノを販売して得られるお金です。たとえば「売上高」や「付加価値」(売上高から外部購入費用を差し引いたもの)です。この「十分に」がとても大事です。そのためには、モノに適切な価格を付けて、顧客に購入しつづけてもらわなければなりません。
最後の3つ目は社会価値の創造です。「みんなのためになりつづけること」です。これは、得られた十分な経済価値を顧客以外のステークホルダーや自らの将来のために使い、さまざまな役立ちが生み出すことです。すなわちお金を分配するだけで良いわけではなく、そのお金の使われ方やその結果こそが大事です。それがステークホルダーの期待レベルに達しているのか、自社の将来のために有効に使われているかといった視点です。

図表1 企業・組織が創出する3つの価値

みんなでつくった価値が、世の中全体を支えている

これを世の中全体について考えます。まず顧客価値です。世の中の人や組織が金を払っても欲しいさまざまなモノを、手分けをして提供することで、世の中に存在する多くのニーズが充たされます。次に経済価値です。一年間にみんなで新たに生み出したモノによりつくられた付加価値を合算したものが国内総生産(GDP)です。そして、みんなでつくったGDPを社会で分けることで、社会価値として、ステークホルダーと呼ばれる関係者みんなの役に立った結果、さまざまな価値が生まれているのです。株主には配当が出され、社員が雇用され活躍の場が確保されるだけではなく、ボランティアを含めた地域への貢献、地球の環境負荷の低減努力、税により警察や消防ほか公的サービスの提供がなされているわけです。
2019年の名目GDP 556兆円ですが、この「生産」面の推計を示す経済活動別分類の大分類16のなかで純粋に政府の活動といえるのは「公務」の28兆円です(注)。集合的な経済価値はまさにこの「生産」価値額です(図表2参照)。
たださらに、実は忘れてはならない重要なことがあります。私たちの活動は世の中を支えているとはいえ問題はあります。環境負荷が生まれていたり、低賃金での労働が行われていたりといったことです。経済学ではこれを「外部不経済」と呼びます。これをどう防ぐかについては後ほど少し述べます。

図表2 みんなでつくった価値で、世の中全体を支えている

私たちは社会に支える力をさらに発揮する必要がある

アダム・スミスは、著書『道徳感情論』で述べたように、「個人は、文明社会の発展に貢献したいという公共心にもとづいて活動するわけではなく、自分のために富と地位を求めるにすぎないのだが、知らず知らずのうちに、社会の繁栄を推し進める」(堂目, 2008, p.87)と考えていました。今日の話もそれにほぼ合致します。たしかに「知らず」にいる方も現代には多いでしょう。しかし時代は変化しています。現代の企業・組織で働く自身が、最初から公共心があったかどうかに関わらず、一人一人が社会全体を支えている公共的存在であることを「知る」あるいは「気付く」ことで、すでに自分たちは地球というコミュニティに貢献してきた一員であると実感していただきたいと考えています。
その役割の一つにはフェア・プレイがあります。企業であれ個人であれ良い市民の一員でいるには、「スミスは、競争はフェア・プレイのルールに則ってなされなければならないと考える」(堂目, 2008, p.99)と言います。フェア・プレイのない市場、たとえば偽物を本物といって売ることがまかり通る市場では、本物を適正価格でつくって売ろうとする正直者が損をするからです。
社会を支える一員として現代に働く私たちには、より高いレベルのフェア・プレイが求められます。国連のSDGs(持続可能な開発目標)達成によって「誰一人取り残さない」社会を実現するまでには、解決不可能にも見える問題が山積しています。たとえば地球温暖化や人権・労働における問題は、いままでの企業による価値創造では解決しきれなかった「外部不経済」と言われるものです。これらの問題解決には、今日示してきた企業・組織で働く私たちのさらなる自覚と努力、貢献が不可欠です。しかし実は、問題の存在を許しているのは私たち消費者でもあります。後者については、また別の機会に紹介したいと思います。
最後になりますが、SSIの「車座の会」では、上述のグンゼ株式会社をはじめとして、理念を持ち行動している企業やNPOの方たちが集まり、学び、対話しています。これらの参加社やより広い産学官民での共創によって、CSVや3つの価値創造をもたらす課題解決を進めようと検討をつづけています。ぜひみなさまとご一緒できたら幸いです。

参考文献
堂目卓生(2008)『アダム・スミス 「道徳感情論」と「国富論」の世界』中公新書
Porter, M. and M. Kramer [2011]”Creating Shared Value: Redefining Capitalism and the Role of the Corporation in Society”, Harvard Business Review, Jan/Feb 2011, HBSP(編集部訳[2011]「共通価値の戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』ダイヤモンド社)

(注)
内閣府ホームページ:2019年度国民経済計算(2015年基準・2008SNA)
(統計表一覧 フロー編 IV.主要系列表 (3)経済活動別国内総生産 名目) https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/2019/tables/2019fcm3n_jp.xlsx(アクセス日:2020年12月24日)
ある期間内に新しく生産された財・サービスの価値額は、国民経済計算(GDP統計)において、概念的に一致する生産、分配、支出の3つの金額として推計されています。これは三面等価の原則と呼ばれます。