マンスリー・トピックス

売り手と買い手の努力と協力で、三方良しを実現する

大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 企画調整室長
伊藤武志

2023年10月

 「三方良し」は、「売り手良し、買い手良し、世間良し」を意味し、江戸時代の近江商人の経営哲学として知られています。「売り手」は企業や個人事業主、事業を担うすべての主体であり、「買い手」は、法人を含めた商品・サービスの消費者や購買者、利用者だと考えることができます。
 たとえば「お茶」という商品・サービスについて、あるいは業界ともいえるかもしれませんが、「売り手」と「買い手」は決まります。「売り手」は原材料をつくるお茶の農家さん、それを焙煎する会社、それを運ぶ会社、お店で売る会社などがあります。では「買い手」は誰でしょう。最終的にお茶を飲むのは人間でしょうが、それは普通の家庭で飲むことも、会社で購入してそこで誰かが飲むこともあるでしょう。さらには、お茶をメーカーから買う小売店や卸売店、材料を買うメーカーさんも「買い手」でしょう。それでは「世間」とは何でしょうか。いろいろな定義はできるでしょうが、上記の「売り手」と「買い手」以外全部と考えてもよいでしょう。現在と将来の市民を含む地域社会、政府や地方公共団体、生物、
自然などもあるでしょう。
 では、「売り手」と「買い手」の努力と協力で、どうやったら「世間」も含めて「三方良し」になるかを考えてみます。

ESG*を評価・比較し、競争することで 業界・社会のESGを向上させる

 Kim とMauborgne(2005)は、戦略キャンバスと呼ぶ図表によって、自社や競合他社が提供するモノを通してどのような顧客価値が作られているかの現状把握を行い、また、新しい顧客価値の発見や新しい市場の創造を提唱しました。それに対して、以下の図表は、顧客価値だけではなく社会価値、すなわちESG の様々な軸を描いたものです。この図表は、ESGの現状を認識し、他企業と比較し、目標を設定し、目標達成のためのアクションの後、改善を把握するといったESG のPDCA マネジメントに使うことができます(図表1参照)。筆者は、「消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク」という市民団体が作成したESG 診断のための質問表を使い、大阪商工会議所の協力のもと、複数企業にデータ提供をいただいて、個別企業のESG の現状把握と複数企業の平均レベルの把握・共有を実験的・実証的に行っています。(* ESG:Environmental、Societal、Governance;環境・社会・ガバナンス)
 このような取組により、個別企業のESG 改善すると、さらに業界において切磋琢磨がうまれて業界のESG のレベルアップにつながり、そういった業界が増えれば社会全体のESG のレベル向上につながります。図表1:ESGの評価・比較で切磋琢磨し、業界・社会のESGを向上させる

買い手の力で共感経済を作り込む

 買い手の購買行動は、企業に強い影響力を持ちます。貨幣が生まれ、市場経済が生まれて以来長い間、買い手側には、モノと価格の情報しか与えられてきませんでした。ですが今、買い手は、ICT 技術の助けや企業のESG 情報開示によって、かなり十分な商品・企業情報を得られるようになってきています。このような情報に買い手がアクセスできれば、買い手はその情報に基づいて購買の意思決定ができます。
 この状況において、ESG レベルの高い会社(「A 社」とする)を認識して選ぶ買い手が増えれば、そのA 社の売上げは改善し、余裕も生まれ、利益も増えます。研究開発や顧客開拓など長い目で見て必要なこともできますし、社会貢献活動や有給休暇取得もしやすくなり、時間外労働も減るかもしれません。一方で、ESG レベルの高くない会社(「B社」とする)を選ぶ買い手が減れば、B 社は自社の労働環境や環境負荷を改善するか、市場からの退出を迫られます。B 社が労働環境や環境負荷を改善しようとすれば、B 社はその分のコスト(外部費用として環境負荷や労働者の負荷となっていたもの)を支払うことになるため、より高コストになり、より高い価格設定を行う必要がでてきます。すると市場価格はより高くなり、A 社にはさらに余裕が生まれます(図表2参照)。図表2:顧客・買い手の行動による「正直ものが得をする」経済社会実現のロジック
 
このように、買い手が良い売り手を選ぶ行動をとり、売り手が良い行動をとることで、業界も社会も良くなります。それは、従来から良い労働環境を整備したり環境負荷を下げたりして真面目に「外部不経済の内部化」の努力をしてきた企業・働き手を応援することになります。社会性のある買い手の行動により、社会性ある売り手が得をすることになります。
 これが買い手が良い売り手を選ぶべき理由ですが、以下のような説明もできます。自分の購買行動が回り回って結局自分のためになるわけです。たとえば自分が飲食業界で働いているとして、自分が顧客・買い手として街で飲食をするときに良い店を選ぶことで飲食業界全体ESG レベルが上がるとすれば、自分の給料や労働環境も良くなります。給料が良くなればより高いモノを購入しても給料と価格が相殺されるため金銭的には不利にはなりません。金銭的負担なく働き方や環境が良くなるなら、良い企業のモノを購入しない理由はありません。そういった動きが他の業界に広がれば、どの業界も良くなり、どこで働いていても労働環境が改善されていくはずです。

「売り手」「買い手」の理解と行動の必要性

 この「三方良し」はどうしたら実現するでしょう。「売り手」のESG 向上という行動、「買い手」が良い企業を選ぶという行動です。これは1社1社、1人1人の行動が大事です。1社が行動するとその会社のレベルがあがり、他社もレベルを上げようと努力しはじめます。1人が良い会社のものを買うだけでなく、2人、3人と買うことによって大きな影響がうまれています。1つの行動が大切なのです。実は私たちそれぞれのほとんどが、「売り手」でも「買い手」でもあります。私たち自身が、このことを理解し行動することが、長続きする、幸せをつくる経済をつくることにつながるのです。ぜひともに行動していただくことをお願いします。