マンスリー・トピックス

誰もが<助かる>社会を目指して

人間科学研究科・附属未来共創センター
渥美公秀

2020年5月
阪神・淡路大震災から25年

阪神・淡路大震災から25年となった今年1月、附属未来共創センターは、民間財団の助成を得て、兵庫県西宮市で「阪神・淡路大震災25年日中共創シンポジウム:日中比較からみえてくる災害ボランティアの意義と課題」を開催しました。中国側からは、人間科学研究科が協定(OOS協定:Osaka University Omni-Site協定)を締結している四川省成都市の新安世紀教育安全科技研究院から院長の張国遠氏をはじめ4名が来日し、日本側からは神戸市に拠点を置く(特)CODE海外災害救助市民センターとOOS協定先の1つである(認特)日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)が参加しました。

新型コロナウイルスへの対応

中国に帰った張さんからSOSが届いたのは2月4日のことでした。CODEはすぐに武漢支援を開始しました。NVNADでは新型コロナウイルス禍(以下、コロナ禍)を救援対象の災害とするかどうかをした後に、国内対応を行うことになりました。また、附属未来共創センターでは、内部に設置していた災害ボランティアラボが「新型コロナウイルスと感染」、「SNSに見られる社会心理」、「中国や台湾の対応」などを学ぶ連続学習会を主催しました。学習会を通して、コロナ禍という災害に対して我々ができることを見つけて取り組んでいこうという流れが形成されました。そこから次の2つの活動が生まれ、現在でも継続しています。

(1)定例国際ネット会議を通じて実践例を学び活動に活かす
新安世紀教育安全科技研究院の張院長、CODEの吉椿氏、大阪大学・NVNADの渥美が中心になって国際アライアンス(IACCR: International Alliance of COVID-19 Community Response)を立ち上げ、アジアを中心とした10数カ国に呼びかけて、武漢市をはじめとする中国の取り組みや世界各国での取り組みの詳細をお互いに学ぶためのネット会議を毎週(現在は隔週)開催してきました。高齢者に対する活動、心のケア、障害のある人々への対応、妊婦さんへの対応など多様な実践例が共有されています。直接それを活かした活動(次項参照)に取り組むとともに、中国語や英語で示された資料を翻訳整理して、日本の他地域での活動へとつなげていくことも行っています。

(2)吹田市五月ヶ丘地区「お手紙プロジェクト」
2018年の大阪府北部地震では、人間科学研究科の複数の研究室が地元での救援活動に取り組みました。その際、学生たちは、独居高齢者の孤立が防災上も日頃の生活面でも問題になることに気づきました。その後、人間科学部内で「つっぱり棒の会」という検討会を立ち上げ、その中で「すいすい吹田」という実践チームが生まれました。救援活動で関係を深めた吹田市社会福祉協議会の皆さんにお世話になって五月ヶ丘地区で「すいすい吹田」が取り組みを始めていました。その途上でのコロナ禍でした。活動の継続に悩んでいたところ、IACCRで学んだ武漢の取り組みと、私の研究室で中越地震(2004年)の際に行った取り組みをヒントに、吹田市社会福祉協議会や地域の福祉委員さんに支えてもらいつつ、手紙プロジェクトが発足しました。学生たちが地域の高齢者に手紙を書き、福祉委員さんが見守り訪問の際に届け、郵送による返信が大学に届いたら、お返事を兼ねたニュースレターを学生が発行し、それをまた地域の独居高齢者に届けてもらうというものです。コロナ禍が一段落したら、茶話会などを開いて、地域の高齢者と学生が話し合って支え合う仕組みを築いていき、今後の防災に役立てようというプロジェクトです。

誰もが<助かる>社会へ

神戸大学の教員として阪神・淡路大震災を西宮市で経験した私は、その後、災害ボランティアに注目しながら国内外の災害現場を歩き、地域の方々と実践をともにしながら救援、復興、防災について研究を重ねてきました。誰かが誰かを「助ける」(能動態)とか、誰かが誰かに「助けられる」(受動態)という場合、助ける人の意志や責任、助けられる側の意志や責任が問われます。すると、災害後の責任追及を避けたくなって、事前に「ここまでしかしません。この先は自己責任です」という具合に責任範囲を決めておくなどということが平然と行われ、結局誰も助からない社会になっていきます。現場で必要なことは、ここまでしかしないという限定や排除ではなく、最初から多様な人々の意見を取り入れて動く包摂が必要になります。「助ける」でもなく、「助けられる」でもなく、“あぁ助かった”と言い合える「助かる」(中動態)社会、しかも、“誰もが”助かる社会(=誰もが<助かる>社会)を目指さねばならないと考えています。

コロナ禍後の社会に向けて

 コロナ禍は、社会の分断と経済至上主義の脆さを露呈し、空間と時間に変化をもたらしています。今こそ、連帯を目指し、経済至上主義ではない価値を再確認し、新たな空間・時間のもとで誰もが<助かる>社会を築いていくべきだと思います。いくつもの問題があるでしょうけれど、私自身は、もはや活力を失い、限界を超えて消滅という言葉まで聞かれる地域社会を誰もが<助かる>社会へと変えていくことに取り組みたいと考えています。現在、日本学術振興会「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業 実社会対応プログラム」を受けて実施しているプロジェクトでは、「尊厳ある縮退」というキーワードを軸に、地域社会に関する実践的な研究を続けています。

参考文献
渥美公秀(2014) 災害ボランティア 弘文堂
渥美公秀・稲場圭信編(2019) 人間科学シリーズ 「助ける」 大阪大学出版会