マンスリー・トピックス

大学と銀行が提案する“回り道”の話

経営企画オフィス 専任講師
川人 よし恵

2019年5月
もやもやの接点から生まれた共同プロジェクト

 

 

 

私は、大阪大学のURA(研究支援の専門職)です。仕事の一部として、大学で行われている研究を多様な方に知っていただく業務を担当して約9年になります。特に人文・社会科学系研究に関しては、全ての人に関係する「人間」や「社会」を扱っていながら、その価値を専門外の人にも見える形で表現することが難しいため、必要性の理解や応援を得づらい場面があるように感じています。

今から2年ほど前、私が民間にいた頃から数えると15年のお付き合いになるりそな銀行の藤原明さん(註1)にそんなもやもやを打ち明けたところ、共同プロジェクトを立ち上げようという話に至りました。藤原さんは、いわゆる「大廃業時代」(註2)における銀行の経営者支援のあり方を模索される中で、既存のビジネス思考のフレームワークを教えるハウツー系の経営者育成に限界を感じておられました。

大阪大学URAとりそな銀行の共同プロジェクトでは、その第一段階として、経営者と人文・社会科学系研究者との対話ワークショップを、2018年から2019年にかけて6回シリーズで実施しました。経営者は、日々矛盾をマネジメントしながら、「絶対解のない」問いについて自分なりに課題を設定し、「最適解」という着地点を見つけていかねばなりません。そんな経営者にとって、特定の専門分野の思考のプロである研究者ならではの視点やアプローチの話題が新たな気づきをもたらし、将来的には経営者としての引き出しを豊かにするのではないか—これがワークショップを行うに際しての仮説です。また、研究の話題に関する経営者の反応が、研究の価値や意義を映し出すような、これまでなかった鏡になることも期待しました。

経営者と研究者、未知との遭遇で思考を揺さぶる試み

経営者と研究者の対話ワークショップ各回のお題は、「事業承継」と「考古学」、「新規事業立上げ」と「美学」、「業務フロー体系化・システム化」と「日本語学」など、一見互いに関連が薄そうな経営課題(註3)と人文・社会科学系研究分野を組み合わせて設定しました。ゲスト(研究者)と参加者(経営者)が、お互いの専門から一歩踏み出し、”未知との遭遇”を通じて思考を揺さぶり合いながら対話できるような場づくりが、このワークショップのポイントです。まずは研究者が、その回で扱う経営課題を捉えなおす視点の参考として(課題解決のための直接的な方策の提示ではなく)、自身の研究について話します。対する経営者は、自身が抱える経営課題をその日初めて聞いた研究の話題に照らしながら、グループワークで考え、最後は軽食を取りながら両者がフラットにディスカッションします。

ここでは「新規事業立上げ」と「美学」の組合せで議論した第2回対話ワークショップ(2018年9月)を例に、経営者と研究者の対話の様子をお話しします。美学研究者・高安啓介氏(大阪大学文学研究科 准教授)による「問題を解決しないデザインー思弁のすすめ」と題した話題提供では、デザインの対象や目的・社会における役割の200年ほどに渡る変遷にふれた後、物事の前提を根本から問い直す、アートに通じる仕事としてのデザイン(思弁的デザイン)が求められていると紹介されました。ここ数年日本でも注目されているデザイン思考とは違ったデザインの話であり、そもそも「問題を解決しない」と来れば、現状を改善したくて参加している経営者の方々は当然面食らいます。話題提供後の経営者グループワーク(上の写真)では、ビジネスにより問題の解決を目指す企業としてこの話をどう受け止めたらいいのかわからない、といった反応が相次ぎました。しかし時間が経つにつれ、利益を上げることのみに注力していては確かに新しいものが生まれづらいという、経営者が日頃感じている悩みが浮かび上がってきます。その限界を突破するためには、データ的な経験だけでなく感性的な経験により固定概念や前例の外の世界を見ることで、自分の価値観を相対化させ問題の本質をとらえることが重要なのではないかという発言も出ました。最後は、今日の気づきが記憶の中でこなれ、いつか有効な考え方になるのではないかいう期待を込めて、とある経営者が口にした「発酵」というキーワードが、ゲストを含む全員の共感を呼びました。経営に求められるスピード感や能動性とは真逆の発想に共感が集まったことが、個人的には強く印象に残っています。

大学と銀行のコラボレーションならではの“回り道”

6回の対話ワークショップには、30代〜50代を中心とする延べ38人の経営者と6人の研究者の参画を得ましたが、それぞれの動機や意味づけを持ちながらその場におられるので、いずれの回でも全員が目指す共通の結論を設けないことにしました。このワークショップの経験を喩えるなら、一人ひとりが解決したい課題や明らかにしたいことに向かうために思い描く最短コースを少し外れて、方角の定まらない“回り道”を一緒に過ごしたと言えそうです。とまどいが先行し議論が盛り上がるまで時間を要する前半と、共通の論点が浮かび上がってワイワイと話が弾む後半からなる約4時間の道行きを経て、それぞれの頭の中に小さな変化が生まれたことが伺えるうれしいコメントが、経営者だけでなく研究者からも多数聞かれました。

いま私たちは、こうした経営者と研究者が共有できる“回り道”を拡幅したり増設させたりすることで、双方がもっと元気になるような仕掛けができないか、第二段階の作戦を練っているところです。大学が関わるからには、研究の、そして研究者自身のユニークさを“回り道”での眺めや経験に反映させたいですし、お金のプロである銀行とのコラボレーションという点では、社会の未来を切り拓くお金の循環につながるような “回り道”の可能性も期待したいところです。

「大廃業時代」の経営者支援も研究の価値の可視化も、一朝一夕には解決が難しい課題ですが、いずれも既存のやり方にとらわれない新しい発想が求められています。そんな発想が企業関係者や大学関係者の頭の中に生まれる素地をこれからも作るとともに、一人ひとりの頭の中の変化を個々の課題解決に、更には社会を変える力にもつなげていければと思っています。

 

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1 りそな銀行営業サポート統括部地域オフィサー、コーポレートビジネス部アドバイザー、りそなホールディングスグループ戦略部アドバイザー、オムニチャネル戦略部アドバイザー兼務。りそな総合研究所リーナルビジネス部長。
2 経営者の高齢化が進展しており、今後10年間に平均引退年齢の 70 歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約 245 万人に達する見込みで、このうち約半数の 127 万が後継者未定と考えられている(中小企業庁編「2018年版中小企業白書」p356)。ちなみに127万とは、日本の中小企業・小規模事業者の総数357.8万(中小企業庁調査・2016年6月時点)の約三分の一に当たる。
3 REENAL式経営課題解決型営業スタイルインタビュー3,342社分から抽出された主な課題。