マンスリー・トピックス

企業って何? 共感される価値が創る未来とは?

住友商事株式会社 顧問
住田孝之

2020年3月
「企業って何?」~産業政策、通商政策に携わった経験からの危機感と問い

1985年に通商産業省(現経済産業省)に入省して以来、産業政策、通商政策に30年以上携わってきました。その中で特にバブル崩壊以降自信を無くした日本企業が、欧米型の拝金主義的な短期志向の金融資本主義に翻弄される姿を目の当たりにし、日本や日本企業の個性や強いところ、いいところが台無しになる、何とかしないといけない、と危機感を覚えました。

そこで立ち返ったのが「企業って何?」という問いです。ちょうど、企業の強みの源泉は、それぞれの企業が持っている固有の無形資産(知的資産)である人材、技術、組織力、取引先や顧客とのネットワークや信頼感であると考えていた私は、もともと好きだった理系的、数学的な発想を働かせて、「企業は、様々な有形無形のリソース(x)を、様々な価値(y)に変換する関数(f)のようなものだ」という絵に至りました。(図1)

(図1)企業とビジネスモデル

「知的資産経営報告」により企業の個性を示す

経済学ではxがお金と労働で、yはGDPや企業の生産となりますが、実態は、xも多様、yも多様、それをつなぐ関数(行列)fも多様なものだというのが、産業政策や経済政策をやってきた私の実感で、とてもしっくりきました。しかし、こうしたxやyやfの個性を投資家を含む世の中(ステークホールダー)に示す方法がない。それでは対話もできない。存在するのは無味乾燥なお金に関する財務諸表だけ。そんな状況を打破しようと2005年に作ったのが、「知的資産経営報告」という発想でありその開示ガイドラインです。

お金だけではない価値を大事にし、そのために技術・人・組織力・ネットワークなどを大事にする日本企業にとっては、これでその個性や日本的な強みを世の中に示せる、欧米由来の企業会計基準に基づく報告とは違う、心の通ったレポートになる、と思ったのです。しかし、この知的資産経営報告、中小企業の一部では歓迎されたものの、大企業からは、グローバルな仕組みではなくコストが増加するだけ、と冷淡な反応でした。

WICIの創設、統合報告の枠組み作り、統合報告の普及

その一方で、知的資産を活用した価値創造の重要性とその開示の考え方は、並行して発信していたOECDで欧米の仲間の一部から賛同が得られました。そこで、グローバルな連携組織(WICI=世界知的資産・資本イニシアティブ)を2007年に創設。2010年から英国を中心に始まった統合報告の枠組み作りに、その内容をインプットし、2013年にはグローバルな枠組みが完成(図2)。それが統合報告として日本に逆輸入され、今では500社以上の上場企業がこれを作成、開示することになったわけです。

一部の統合報告は、企業独自の価値創造のやり方、活用したリソース、生み出す価値をかなり明確に示しています。しかし、まだ多くのものはそうした最も本質的な部分についての認識、説明が十分でなく、財務的な業績と非財務的な要素(とりわけいわゆるESGの項目)を並べて書いただけという発展途上のものです。統合報告の質の向上により、企業が自らの価値創造のメカニズム、ストーリーをより明確に示すことで、より幅広いステークホールダーの共感を得ることができるのですが。

(図2)統合報告枠組みにおけるビジネスモデルと価値創造の概念図

「経営デザインシート」で価値創造のストーリーを示し、共感を得る

内閣府知的財産戦略事務局が2018年に発表した「経営デザインシート」(図3)はこの問題を解決する便利なツールです。このシートから始めると、経営の全体像、企業の個性、思いのbig pictureが明確になり、統合報告で記述することの軸が固まります。

そして、各企業固有の「価値創造」のやり方を意識し、発信することは近年ますます大事になり、さらにそうなっていくのですが、それはSDGsの実現とも深い関係があります。今や、世界では供給力を需要力が下回ることにより、「売れる」かどうか、「イノベーション」として結実するかは、需要側に共感を生むかどうかで決まる時代になりました。GAFAが「暮らし」を軸にヒットを生み出し、イノベーションをリードしていることがその一つの証左です。さらに情報も供給側がコントロールできる時代は終わり、需要側が相互に発信して供給側よりもリッチな情報を持てるようになったこともこの変化に拍車をかけています。

その需要側に(みんなでなくていいから、一定の数の人に)共感を生み出すこと、すなわち、新しい価値をデザイン(構想)すること、それが企業活動の根幹である「価値創造」において問われるようになってきました。そうした新しい価値をデザインし、発信して、共感を生み出していく必要があります。

(図3)企業が価値をデザインするツール ~ 経営デザインシート

SDGsは、価値をデザインし共感を生むヒントであり、日本の原点で得意分野

では、何が共感を生むのか?そのヒントはSDGs(Sustainable Development Goals)です。世界中の多くの人が地球の持続のためにSDGsの実現につながる様々な事柄を価値と感じるようになってきた。それが価値のデザインの大きなヒントです。

というと今新たにそういう時代になったように思うかもしれませんが、このSDGs、実は日本企業や日本人が本来、世界で一番強い分野です。「三方よし」「自然との共生」「和の精神」など、日本人にとって、商売においてすら愚直に追求してきたことに、今世界が追い付いてきた。したがって、日本人、日本の経営者、企業の得意なこと、の原点に立ち返ることこそが、価値創造、価値デザインの肝になったのです。そう思うと図に乗ってしまいがちですが、いいことをやっていても独りよがりでは価値になりません。受け手がわかるように説明しないと共感が生まれない、価値も実現しない。ここでも経営デザインシートは有効な役割を果たします。多くのステークホールダーとのコミュニケーションのツールになるのです。

xとyとfをデザインし、生命を輝かせましょう!

未来の社会、それは多様な価値の集合体です。どんな未来社会を描くのか、その中で地球上の生命がどのように輝けるのか?そういう価値のデザインがもともと得意な日本人、日本企業の英知を結集して世界に示し、多くの共感を生み、よりよい世界を実現したい。2025年の大阪万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」は、そうした思いから作られています。賛同いただける方は、一緒にxとyとfをデザインしましょう!