マンスリー・トピックス

人のつながりが社会的課題を解決させる

京都経済短期大学 経営情報学科 専任講師
菅野拓

2020年2月
社会的課題に対応するサードセクターと社会ネットワーク

近年、NPOやNGO、協同組合など、民間の非営利・協同型の組織から構成されるサードセクターが、様々な社会的課題の解決に関与しているように見えます。彼らは環境問題への解決策、難民の支援、オルタナティブな教育、生活困窮者の支援など、社会的課題の解決をめざす様々な活動を実施しています。
2011年に起こった東日本大震災においても同様で、リストアップできただけでも約1400組織が、震災で生じた様々な社会的課題に対応していました。実際にはもっと多かったでしょう。しかし、その活動の活発さや効果は、被災地の中でも地域差が見られました。うまくいっている地域もあれば、そうでない地域もある。どうも、彼らの社会ネットワーク、つまりは人のつながりが、これを規定する重要な要因となっているようでした。

サードセクターの社会ネットワークの構造

東日本大震災で生じた社会的課題に対応しているサードセクター。彼らの社会ネットワークがどのようなものであるかを以下のようなインタビュー調査で調べてみました。あるサードセクターのキーパーソンに、「東日本大震災でお世話になっていたり、信頼していたりする人を最大10人教えてくれ。行政・営利企業・サードセクターのどこに所属していてもいいし、震災前からのつながりでも、震災後のつながりでもいい。被災地に住んでいる人でも被災地外の人でもいい」と聞きます。この質問で把握できた人のうち、震災後に被災地に住んだことがあるサードセクターの人に、またインタビューを行います。これを80人繰り返しました。
この調査では、80人に最大10人ずつ、つながりを聞くわけですから、最大800人のキーパーソンが把握できることになります。しかし実際には、把握できたキーパーソンは459人にとどまりました(図1)。ほとんどの方は10名ずつ答えてくれたので、複数の人から指名を受ける人がいたわけです。

図1 サードセクターのキーパーソンの社会ネットワーク(2016年6月23日)
注:円の大きさは指名を受けた数を反映

このサードセクターの社会ネットワークの分析から、以下のようなサードセクターの特性が確認できました。第1に、サードセクターの社会ネットワーク構造は、震災前からずっと「べき乗則」があてはまる「スケールフリー・ネットワーク」でした。指名された人数ごとのヒストグラムを描くと、ほとんどの人は1人からしか指名されていませんが、ごくたまにたくさんの人から指名される人がいることがわかります(図2)。つまり、ほんの一握りの人が多くの人から信頼され、様々な情報をやり取りする中継点となっていたということです。この社会ネットワークはインターネットとよく似た構造で、ハブが存在することから情報の伝播性が高く、効率的に知識のシェアが可能であることがわかります。

図2 リーダーが信頼できる人物として指名した数によるキーパーソンのヒストグラム(2016年6月23日)

また、サードセクターの組織がなんらかのイノベーションを創出する際に、地域を超えて張り巡らされた社会ネットワークを経由して低コストで得た知識を利用していることも示唆されました。つまり、シリコンバレーなどの1つの場所に集積してイノベーションを生み出すといった営利企業のようなメカニズムが、サードセクターで働いているわけではなく、サードセクターではそれぞれの組織がそれぞれの地域に根を張り、地域間で知識を交換したり、例えば地縁組織の協力といったローカルな共有資源を利用できる関係性を構築したりすることから利益を受けて、社会的課題の解決につながるようなイノベーションを生み出しているようなのです。

近くは競合、遠くは仲間

サードセクターの社会ネットワークを分析することで、営利企業や行政とは異なるサードセクターの特性がわかります。サードセクターの組織が社会ネットワークを経由して知識を互酬的に利用するためには、公共的な目的や非営利性以外に、ある地域に根を張って活動する「場所性」が重要であることがわかります。なぜなら、場所性は「近くは競合、遠くは仲間」と言いうる人のつながりを生みだし、営利企業であれば特許で保護するような知識であっても、社会的課題の解決を目指す組織同士が地域間でシェアすることを可能とするからです。そのため、イノベーションを創出するための研究開発費が低くすむことになります。サードセクターの組織であったとしても、規模を拡大し様々な地域に展開するという戦略をとっている組織は、他組織から競合と認識されるため、地域間での知識のシェアが難しくなるようです。逆に、営利企業であったとしても、地域に根を張り、その地域のために活動するコミュニティ・ビジネスなどは、「近くは競合、遠くは仲間」といった特性を利用できるのかもしれません。
サードセクターの社会ネットワークがもたらす知識を、地域としてうまく利用するためには、「市民協働」や「公民連携」などとして表現される規範やルールといった、セクターを超えて協働するための制度が地域内にうまく構築されている必要があります。このような地域は社会的課題に対応していける可能性が高まると考えられます。
まるでシステムが自ら新しい秩序を生み出す「創発」のように、サードセクターの社会ネットワークを通じた地域間関係から、社会的課題に対する新しい解決策が生み出されているようです(詳しくは近著「つながりが生み出すイノベーション―サードセクターと創発する地域―」(ナカニシヤ出版)をご覧ください)。