学生のつどい

第19回SSI学生のつどい開催報告
シリーズ「キャンパス・サステナビリティ」③
2023年12月26日(科学技術コミュニケーションと私たち:HPVワクチンを事例として)
 

<日時>  2023年12月26日(火)18:30~19:30
<場所>  オンライン・対面(SSI豊中ラウンジ)
<参加者> 9名
<プログラム>
・Kang Kiwonさん(人間科学研究科D1)からの話題提供「科学技術コミュニケーションと私たち:HPVワクチンを事例として」

第19回学生のつどい キャンパス・サステナビリティ③

シリーズ「キャンパス・サステナビリティ」第3回目(第19回SSI学生のつどい)ではKang Kiwonさん(人間科学研究科D1)が、「科学技術コミュニケーションと私たち:HPVワクチンを事例として」というテーマで話題提供をし、9名の参加者と活発な意見交換が行われました。

Kang Kiwonさんからの話題提供「科学技術コミュニケーションと私たち:HPVワクチンを事例として」

 Kangさんはなぜ科学への不信が生じるのか?という関心から、研究テーマを「なぜ日本ではHPVワクチンの接種が進まないのか」に定めて取り組んでおられます。今回の話題提供は修士論文やこれまでのサイエンスコミュニケーションの研究成果を題材にして、地域健康を考える拠点としての大学という場で、HPVワクチンを事例に参加者同士で対話を行いました。

まず、頭でわかっていても行動しないという問題に参加者自身が身近に捉えることができるように、Kangさんから「トロッコ問題」が提示され会場の雰囲気が温まった後、本題であるサイエンスコミュニケーションの話へと移っていきました。科学は真理ではないという本質を理解し、さらにあふれる情報から自分で玉石を区別しないといけないという難しさがある中で、サイエンスコミュニケーシには「共に考える」ということが欠けており、そうした場の提供が重要なのではないかと述べられました。そして、「なぜ日本ではHPVワクチン接種が進まないか」についてのミニレクチャーに移りました。

HPVワクチンは、女性に多いガンの一つである子宮頸がんを予防するワクチンです。ワクチン接種が予防に効果的で費用対効果も高いことが科学的に示されているのですが、日本の状況は2013年以降、接種率が70%から1%未満に低下しています。定期接種の対象は小学6年生から高校1年生の女性で、16歳未満は保護者の同意が必須なため、保護者が受けさせたいと思い、本人も受けたいと思ってやっと接種が可能になります(現在、キャッチアップ接種が実施されています)。ミニレクチャーではこうした基本的な情報と一緒に、ワクチンが重要だと思いつつもまわりを意識してしまって子どものワクチン接種を控えてしまう保護者(特に母親)のジレンマを明らかにしたKangさんの研究成果やジレンマを打開する政策や提案なども紹介してくださいました。

ディスカッション

ディスカッションは、Kangさんのファシリテートのもと、呼ばれたい名前やミニレクチャーの感想を一人ひとり話しました。接種率が低いのはSNSなどで間違った情報が流れているからだと思っていたという感想や、男性の参加者からはそもそも周囲になかった情報でHPVワクチン自体を初めて知ったと述べられました。Kangさんからは男性に知らない人は多く、HPVワクチン接種が一部の人の問題になっていることが問題だと付け加えられました。

その後、「考える」をめぐってメタ的な話へと展開していきました。アジア圏の文化的背景もありますが、大学での議論やそこでの「考える」とは違って、多くの日常生活の場では「空気を読む」「立場でものを言う」ことが求められ、「考える」と一言で言っても状況によって定義や意味するものが違うのではないかという意見がでました。ママ友やクラスメイトとの会話など立場を離れて意見を言うことが難しい日常があり、だからこそ哲学カフェのような既存の立場から離れたヒエラルキーのない関係での話し合いが重要なのではないかという意見が出ました。

またサイエンスコミュニケーションの目指す社会のあり方に議論が移ると、ワクチンをうつことが正しいのではなく、考えた結果うたないという選択があってもよくて、選択できることが重要だという意見が出たり、空気を読むのではなく主体的に行動できるように、かりに社会やその人に悪い影響を生むならそれを避けることができるように、科学や倫理には主体性にブレーキをかけたり、よい方に向かわせていくような役割が求められているのではないかという意見も出ました。日本はなぜ科学への信頼が低いのかをめぐって話が盛り上がりそうになったところで、終了時間となりました。

今回はKangさんの話題提供を通じて、HPVワクチンという科学をテーマに参加者それぞれが自身の倫理や、行為・判断について、身近なところに始まり社会生活や技術・政策にまで結びつけて考える機会となりました。Kangさんが述べられたように、さまざまな課題を解決するためにはまず構成員が自ら考えることが必要で、大学や研究者は地域社会・地域住民と共に歩んでいく立場で話し合いをすることが大事だということです。学生のつどいもそのひとつの場ですが、こうした対話の場自体もキャンパス・サステナビリティの課題であるということを再認識する機会となりました。Kangさん、話題提供をありがとうございました。

(今井貴代子 社会ソリューションイニシアティブ特任助教)