学生のつどい

第11回SSI学生のつどい開催報告
シリーズ「地域の未来を考える」②
2022年9月14日(日本の森林と林業)

<日時>  2022年9月14日(水)19:00〜20:35
<場所>  オンライン・対面(法経研究棟7階小会議室)
<参加者> 17名
<プログラム>
・栗本修滋さん(大阪府森林組合理事長、工学研究科招へい教授)からの話題提供
・参加者でディスカッション
(司会:上須道徳 経済学研究科教授)

日本の森林と林業

2022年度の「SSI学生のつどい:阪大SDGs学のススメ。」はSDGsの目標の一つである「持続可能なまち・地域」にフォーカスし、日本の地方や地域の未来について対話を行う場を提供しています。

第11回SSI学生のつどいでは、栗本修滋さんをお招きし、「日本の森林と林業」というテーマで話題提供をいただきました。栗本さんは大阪府森林組合理事長をされていて、工学研究科フューチャーイノベーションセンターの招へい教授でもあります。栗本さんの自然と技術をめぐるさまざまな経歴とご経験の中から、この日は技術者としての立場で日本の森林と林業のフューチャーデザインについて話していただき、日本の国土利用の在り方や地域の未来について、参加者と活発な意見交換が行われました。

話題提供者の話

大阪府には約56,000haを超える森林があります。その森林を守り育てる大阪府森林組合の概要をまずは説明していただきました。

全国的にみても法人組織をもつ大規模所有林業者は少なく、小規模の森林保有者は協同組合をつくって森林整備をしています。たとえば、所有者は自分の山があっても、原木市場がなければ木を売ることができず、また値段をつけることさえできません。そこで組合の原木市場に持ってきて製材会社に売るということが行われています。

課題として挙げられたのは、民営化の流れで森林整備の公共事業において民間事業体と競合した結果、森林所有者の協同組合が入札に負けるという事態が起きていることです。台風に強い山にしようと杉やヒノキの間伐を行うといった公共事業の競争入札などで、値段だけの競争が進み、林業への無配慮が起きていることに栗本さんは警鐘を鳴らします。栗本さんのいる大阪府森林組合では作業員への適正な賃金を計算して仕事を請け負うようにしているといいます。それだけ現場作業は危険と背中合わせなのです。

森林組合の新たな使命についても話していただきました。災害が増えている昨今、里山での土砂災害をいかに抑制するかという森林防災を考慮した管理が求められています。そのためには今までの林業の整備をするだけでは不十分で、防災のための林業づくりをしていく必要があります。しかし、災害復旧には補助金がでても、災害が起こらないための抑制のための林業づくりにはお金が下りないといった課題があることにも触れられました。

話題提供者の栗本修滋さん

こうした課題は日本の森林計画制度の枠組みにあり、森林・林業行政の歴史に起因していると栗本さんは考えます。歴史的に日本はドイツの林学に学んで林業政策を進めてきました。この行政政策としての林業政策(官房林業)が、森林所有者のための学問ではなく行政林業政策としての学問であったことに問題があると指摘されました。

栗本さんが考える林業の未来については、林業は育成過程が長期的であり補助金の投入が必要であることをふまえて、森林をつくる仕事は地域社会や国の将来像を見据えた行政の仕事として責任をもって政策として実施されていくことが望ましいと話されました。そのうえで森林所有者や林業者が市場経済の中で、木材の販売、伐採、出材、販売などの経営を行っていけるような仕組みがつくられることに期待が寄せられました。生物多様性や生態系の豊かさが市場のなかで評価されるようになれば、林業者も頑張っていくことができると林業の未来を示唆されました。

意見交換・感想共有

活発な質疑応答、参加者同士の対話が繰り広げられました。いくつか紹介します。

まずは、現在の大学における林業をめぐる学問体系について質問がありました。大阪大学にはありませんが、森林や林業については農学部の中で教育・研究が進められています。栗本さんによれば、林学は多くの大学からなくなり森林科学になったといいます。その中に森林生態学、造林学、治山緑化工学、林業学、林産学、林業経営経済学などの各専門分野がありますが、山村や林業など人々の生活と結びついた学問がなくなってきていることが残念なことだと話されました。一方で、こうした森林科学への流れが学生にとっては関心の高まりにつながっているようで、最近は森林組合で働く女性も増えてきているそうです。

女性も含めた担い手育成、世代交代の面での課題についても質問がでました。森林組合の間伐の現場作業では、ベテランは合理的に作業を進めようとしますが、若手は慣れていないため同じようにはいかず、意思疎通の面でうまくいかないことがあるといいます。こうした作業効率の厳しさとはちがって、事故が起きないようにベテランが厳しく若手を指導することがあります。この安全管理における厳しい指導は非常に重要だと話されました。また、山の現場にかかわる女性が増えていることはうれしいことである一方、女性にとってのトイレの問題は依然課題として残ったままだと話されました。

さらに、日本は技能実習生や特定技能で働く外国人労働者を受け入れていますが、林業の担い手不足に対して外国人労働者を受け入れようとする動きがあるのかといった質問も出ました。栗本さんからは特定技能での外国人受け入れは制度的に進んではいないものの、林業にもそうした議論があったことが紹介されました。そして、こうした動きは制度的に慎重に検討していく必要があること、林業は危険な現場であるため、受入れ体制や林業技能の評価制度などをしっかりと整えていくことが重要だと述べられ、終了の時間となりました。

栗本さんの丁寧かつわかりやすいお話、そして「自然を扱う技術者論」として、「自然の中で生活する人々や自然の生き物への共感こそが大事だ」というメッセージから、参加者それぞれに自然と技術の在り方を身近に考える時間となりました。栗本さん、ありがとうございました。

当日のスライドより 栗本さんが山で撮影された自然の数々

(今井貴代子 社会ソリューションイニシアティブ特任助教)