サロン/シンポジウム

第17回SSIサロン開催報告
「心の世界」と「実世界」をつなぐ「新たな防災」の可能性

<日時>  2023年2月28日(火) 17:00〜19:30
<場所>  ハイブリッド開催(大阪大学会館2F SSI豊中ラウンジとZoom)
<参加者> 39名(対面18名、Zoom21名)
<プログラム>
・開会挨拶:堂目卓生/大阪大学SSI長・New-POD部門長・経済学研究科教授
・話題提供1 榎井縁/大阪大学人間科学研究科附属未来共創センター特任教授
      「多文化共生の地域づくりの現場から学びほぐしたこと」
・話題提供2 井口奈保/Give Spaceアーバンデザイン方法論主宰
      「リジェネラティブな都市作りのための道標:Give Spaceアーバンデザイン」
 話題提供3 入江政安/大阪大学工学研究科教授
      「近年の河川災害の状況と河川環境への影響」
 話題提供4 城下隆広/兵庫県危機管理部次長・関西広域連合広域防災局次長兼防災計画参事
      「国土の双眼構造と『防災庁』の意義について」
・ディスカッション(モデレーター:木多道宏/大阪大学SSI副長・New-POD副部門長・工学研究科教授)

「新たな防災」をテーマにしたサロンの開催

 2023年2月28日(火)に第17回SSIサロン「『心の世界』と『実世界』をつなぐ『新たな防災』の可能性」を開催しました。大阪大学先導的学際研究機構「『新たな防災』を軸とした命を大切にする未来研究部門(New-POD)」、およびSSI協力プロジェクト「『新たな防災』を軸とした命を⼤切にする未来社会の提案」の活動をベースに、New-PODが掲げる「新たな防災」における学術体系の構築と社会的実践をテーマに、話題提供と全体議論が行われました。

 今回のサロンもSSI豊中ラウンジとZoomを合わせたハイブリッド開催で行いましたが、非常に熱の籠もった議論が展開されたように思います。

「心の世界」と「実世界」をつなぐ「新たな防災」のあり方とは

 最初に堂目SSI長・New-POD部門長による開会挨拶をされ、近代社会の基本構造であった「有能な人(capable)」を中心に据えるのではなく、「助けを必要とする人(vulnerable)」を中心に据え、「助ける人」との間に共助関係を築き上げていくことが重要だと考えるSSIの理念について述べられました。それを受けて、木多New-POD副部門がNew-POD部門について紹介され、⼤災害への対策を、「疲労した都市・地域の社会・経済・空間構造を未来に相応しいものへと再編するための転換点」と捉え、命を⼤切にする未来社会(「命の世界」)を具現化するための試みとして位置づけられるべきであるというNew-POD部門の活動の核となる概念・理念が示されました。

 話題提供ではまず、大阪大学人間科学研究科附属未来共創センター特任教授の榎井縁氏が、横浜・山下町、フィリピンやネパールという東南アジア諸国、そして在日外国人問題を抱える大阪の教育現場や国際交流協会、IKUNO・多文化ふらっと(SSI協力プロジェクト「多文化共生のまちづくりにおける学びのデザイン化拠点の創出」)におけるご自身の体験を紹介しながら、多文化共生の現場におけるコミュニティ作りについて語られました。子ども・女性・在日外国人など周縁化される人々をエンパワーメントするには、マジョリティがマイノリティを単に「受け入れる」のではなく、「支援する/される」の二項対立を乗り越えることが重要であると述べられました。COVID19禍という「新たな災害」下においても多文化共生の難しさが浮き彫りになったからこそ、制度・構造的差別の原拠となるマイノリティに対するマジョリティ側の無関心・無感覚を乗り越え、地域の歴史を踏まえ、社会構造について一緒になって学びほぐし、再構成することの重要性がより高まったといえるのではないでしょうか。

 続いてGive Spaceアーバンデザイン方法論主宰の井口奈保氏が、人間と他の生き物/自然との関係性に関する新たなパラダイムに基づく「新たな防災」のあり方について話題提供がなされました。井口氏は人間が文明的発展を遂げる中で、他の生き物から奪ってきた生息地を「増やす/返す」ことを人間という動物の役割とした上で、全ての生き物のwell-beingが達成される都市環境の実現を目指していると語られました。その目的の達成に用いられるGive Spaceアーバンデザイン方法論において設定されている、「フィジカル」「メンタル」「エモーショナル」「スピリチュアル」という4つの領域(Space)、「リジェネラティブ思考(生態系全体を学ぶ/デザインする)」、「バイオフィリックデザイン(「いのちと、いきているすべてのものへの愛」の感覚をもつ)」、「コミュニケーションプロセスデザイン(具体的成果の土台となるメンタル/エモーショナルスペースのデザイン)」、「エコロジカルアート(自分の自然/自然の物語)」、「明晰性の訓練(「今、自分がいること」に気付く)」という5つの知識・スキルについて具体的な実践例を交えながら紹介されました。そしてまとめとして、文明化された恐れをベースとした問題解決のあり方を乗り越えて、死を内包した生き物の潜在性・可能性を信じることが重要であると締めくくられました。

 3人目の話題提供者の大阪大学工学研究科教授の入江政安氏は、近年の河川災害とその対策について話されました。令和元年の台風19号による信濃川・千曲川の氾濫や令和2年の豪雨による球磨川の氾濫を例に、近年の大雨の特徴や大雨が河川の氾濫に繋がる要因について土木工学の観点から丁寧な解説がなされた上で、論点としてのダムの建設中止、森林の保水機能の限界、多自然型皮作りVS流水阻害という3つの論点について紹介されました。ダム建設中止に伴う代替対策が上手く機能しなかった可能性が高い球磨川氾濫の事例を詳しく解説される中で、高い専門性に基づく科学的・工学的な知見に基づいた判断が求められる一方で、多様な利害が衝突する住民の合意形成の困難さをどう解決するのかという問題についてより総合的なアプローチが必要だと述べられ、河川という生態系を人間の居住環境と整合させながら保全することの難しさが示されました。

 最後に、関西広域連合広域防災局次長兼計画参事の城下隆広氏が、関西広域連合による「防災庁」の創設提案を通じた新たな防災対策体制の構築について話題提供されました。南海トラフのような今後想定される「国難」レベルの災害対策を行うには、阪神・淡路大震災や東日本大震災の経験をいかして、政策立案・総合調整機能の強化・一元化と、東京・関西・東北に複数拠点を持つ国と地方が連携して対策にあたれる体制の構築が必要であるという考え方に基づき、新たな双眼的組織としての防災庁を創設が必要だという問題提起がまず成されました。関西広域連合による防災庁設立提案は政府によってなかなか採用されない一方で、関西で府県を超えた防災事業の展開を行いながら、政府への要望・提案を継続しつつ、国民的機運醸成に向けた啓発活動を展開していることが紹介されました。最後に、災害発生時には何らかの社会現象・社会災害を原因とする災害の拡大(「相転移災害」)という考え方が紹介され、関西広域連合の活動や防災庁の設立を通じて災害の拡大を防ぐための事前・事後対策を効果的に行なうことが必要だと締めくくられました。

「いのちを大切にする未来社会」実現のために柱となる考え方とは

 全体議論では、最初にモデレーターの木多副拠点長が印象に残った論点を示されました。まずは主に榎井氏や井口氏の報告で述べられた、一人一人の人間の違いを認め合うこと、そして人間が自然に包摂された存在であることを自覚した上で、「いのちが単独で存在するのではない」という観点を持ち、いのちを包摂する生態系をどのようにデザインするのか考えていくこと重要だということが述べられました。その上で入江氏と城下氏の報告に繋げながら、こうした生態系を総合的に捉える視点を持つことが、住民間の合意形成や生態系としての河川と居住環境の調整の難しさの解決を考える際にヒントになるのではないか、そして双眼的組織である防災庁の設立が取組を進めて行く上で大きな力になるのではないかとまとめられました。

 これを受けて、フロアやZoomでの参加者から話題提供者に対する質問がなされる中で、土地にいきるという感覚という言葉で井口氏の報告に対する共感が示されたり、関西広域連合の活動や防災庁の提案と企業の活動がどのように連携することができるのかなどの議論が繰り広げられました。

 「新たな防災」を掲げるプロジェクトを主題としたサロンらしく、自然科学・工学的な課題と人間科学・社会科学的な課題をどう融合させ、総合的なアプローチをとっていくのかということが話し合われました。そして、人間・動物・自然のいのちがそれぞれ単独で存在しているのではなく、複雑に絡み合うことで生態系を形成しているという視野を持つことは、防災という社会課題を超えて、「いのちを大切にする未来社会」を実現するためにあらゆる問題に取り組む上で柱となる考え方だと参加者の間にも共有されたのではないでしょうか。その意味で、今後SSI内外で行われている様々なプロジェクトの垣根を越えて、本サロンで示された論点を共有し、より大きなムーブメントへと発展していくことに期待したいと思います。

(藤井翔太 大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 准教授)