研究者フォーラム

第2回SSI研究者フォーラム開催報告
「“いのち”に向き合う視点を考える」

<日時>  2020年2月22日(月)14:00〜17:30
<場所>  オンライン開催
<参加者> 33名
<プログラム>
・開会挨拶 堂目卓生/大阪大学SSI長・同大学院経済学研究科教授

・第1部 “いのち”に向き合う視点を考える
    ●SSIインタビュープロジェクト概要説明・報告
     西村勇哉/SSI特任准教授
    ●4人の研究者の視点共有+Q&A
     話題提供1 安岡健一/文学研究科准教授
     話題提供2 鎌田拓馬/国際公共政策研究科准教授
     話題提供3 河合祐司/先導的学際研究機構附属共生知能システム研究センター・経営企画オフィス特任准教授
     話題提供4 山川みやえ/医学系研究科准教授 
    ●ミニ・パネルディスカッション
・第2部 小グループに分かれての参加者同士の交流
・まとめと中締め
・引き続き、オンラインでフリーディスカッション
(司会・モデレーター:川人よし恵 社会ソリューションイニシアティブ企画調整室員/経営企画オフィス講師・西村勇哉)

”いのち”をテーマに開催

2021年2月22日(月)、第2回SSI研究者フォーラムがオンラインで開催されました。大阪大学や他大学の教職員を中心に合計33名が参加した本フォーラムは、話題提供のある第1部と小グループに分かれて交流する第2部の二部構成で行われました。

最初に堂目SSI長がSSI紹介を行い、理念や目的、取組みについて説明されました。第1部は、まずはSSIインタビュープロジェクトの概要について、SSIの西村勇哉特任准教授が説明しました。その後、「“いのち”に向き合う視点を考える」との主題のもと、4名の先生方から話題提供がありました。

人と物の共生の視点から”いのち”に向き合う

まず、先導的学際研究機構共生知能システム研究センター/経営企画オフィスの河合祐司特任准教授から、「人と物の共生の視点からいのちに向き合う」と題してお話しいただきました。工学がご専門の河合特任准教授は、これまで、人間の知能を工学的に実現する過程において人間の知能のメカニズムを知る手がかりを探る研究をしてこられました。それと同時に、そうした人工知能に法的人格を認めることはできるのか、ヒトとロボットが共同で行った意思決定の責任をロボットに求めることはできるのかなどといった問いを、哲学や心理学などの人文社会科学系の研究者らと共同で研究されています。神経科学の分野などでは、ヒトが行為を行う際に、刑法が想定するような確固たる自由意志に基づいていると仮定することに対して疑問が投げられているそうです。また、自動運転システムへの信頼から運転時の注意力が下がったり、ネットショッピングの際のレコメンドシステムに基づいて購買行動が規定されたりなど、ヒトの行為は周囲の環境やモノに強く影響を受けています。そうした中で、ヒトがロボットを道具として利用する際、使用者がコントロールするべき、責任を取るべきだと考えることができるのか、むしろ、相互浸透的なヒトとモノの関係をより良いものに洗練、構築する設計論が必要なのではないかと河合特任准教授は述べられました。しかし、そうした考えの前提として、「現在の個人の命」と「将来の全体の命」を天秤にかけることとなり、それは果たして受け入れられるものなのかと問題提起されました。

権利としての歴史研究

次に、文学研究科の安岡健一准教授から、歴史研究における資料についてのお話を通して、“いのち”への向き合い方や、研究が人々の“いのち”にできることなどの話題提供がありました。歴史研究とは、人が生きる過程で残した痕跡=資料(史料)に基づくものです。人間の活動から生まれる資料は、膨大な量に及び、それぞれが「断片」的で、いったいどのような資料があるのかその全体を掴むことはできません。その中で、そうした資料を収集、整理、並び替えを通して共有可能なものとして保存していくことが歴史研究のベースになると安岡准教授は述べられました。この時、資料は決して役所が残す公的なものだけにとどまらず、例えば戦時中の手紙や日記などから当時に生きる人々が“いのち”をどのように捉えていたのかが浮かび上がるなど、私的な人々が生きた痕跡も歴史研究の資料となります。また、歴史研究者が自ら質の高い研究業績を上げるだけでなく、市民がそれを行うことの「伴走」をすることも重要であるとお話しになりました。人間活動は、歴史学者だけでは到底追いきれないほど豊かなものです。いかにして一般の個々人が自らの経験を知識に変え、人間としての尊厳に変えることができるのかを伝えていくことは、歴史研究を「教養」としてだけでなく、「権利」としていくことにとって重要です。安岡准教授は最後に、なぜ学習権宣言において「自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利」が含まれているのか、その現代的意義は何かという問いかけをされ、話を締めくくられました。

犯罪学における”いのち”の問題

続いて、国際公共政策研究科の鎌田拓馬准教授から話題提供がありました。都市社会学、犯罪学をご専門とされる鎌田准教授は、「法の取り締まりや社会政策が、犯罪に与える影響」、また「法の取り締まりや犯罪が、社会的不平等に与える影響」について研究されています。具体的な研究として、アメリカにおける医療大麻合法化の政策が、メキシコ麻薬組織の利潤の減少、その後の犯罪率の低下へと与えた影響を検証した研究や、日本の暴力団排除条例が、暴力団構成員の人数を減らしたものの、元構成員が社会復帰に恵まれないことから他の犯罪(振り込め詐欺)の増加に与えた影響を検証した研究などをご紹介されました。また、犯罪学において“いのち”の問題を考える際、被害者と加害者の両方を検討する必要があると述べられました。例えば、クラック(薬物)の蔓延が若い黒人男性の殺人率を同年代の白人男性の10倍に引き上げ、その結果、黒人男性の平均寿命を下げる大きな原因の一つとなったこと、また、犯罪統制に向けた犯罪者の刑務所への収監が、犯罪の抑止効果を持たないばかりか、収監者のその後の就職への困難、健康被害、平均寿命の低下に繋がることなどをお話しされました。さらに、エビデンスに基づく社会科学の研究が直接的に答えられない問題もあることを指摘されました。例えば、中絶の合法化が犯罪率の低下に繋がるといった、政策的効果とそのメカニズムを実証した興味深い研究があるものの、中絶の合法化には道徳的価値判断を必要とするため、直ちに犯罪予防に「効果的」な政策として中絶合法化を提唱することはできないことを説明されました。

医療・看護において個々の生活を大事にする視点

最後に、医学系研究科の山川みやえ准教授から、「『“いのち”に向き合う視点を考える』未来に向けて、今一度振り返る 個々の生活を大事にする視点」とだいし話題提供がありました。山川先生が保健師、看護師として病気との生活を考える上で、思うより患者が本音を言っていないことに気づき、見えない部分を含めて認知症と患者さんをどう「理解するのか」についてお話しされました。1990年代にイギリスのKitwoodが提唱した「パーソン・センタード・ケア」の概念から見ると、従来のケアは、健康状態、周囲の環境に対しては関わることができているが、生活歴、性格傾向、周囲の環境、認知症の原疾患の特徴など、考慮が難しいものがあります。そのような中、患者さんの人生の目標や将来の医療への望みを理解し共有し合い、患者さんの価値観や目標を医療に反映させるアドバンス・ケア・プランニングが注目を浴びてきました。山川先生の調査によれば、ある施設では、人工呼吸器の希望について、コロナ禍前後で人工呼吸器の装着を希望しない家族が8割から4割に減ったのに対して、本人の希望度はほぼ変わらなかったとのことです。このように、治療方針に関しては、家族と本人の間でも様々なギャップがあり、それを埋めるために、雑談を含む対話の時間をつくり、環境格差の解消が重要であるとお話されました。しかし同時に、対話のための双方の想像力とスタミナが必要であることにも触れられました。

ミニ・パネルディスカッション

その後、西村特任准教授と話題提供された先生方によるミニ・パネルディスカッションが行われました。まず、リスクの取り方に関する話がありました。鎌田先生の方から、個人のリスクに関する選好について、現在の効用を我慢してでも未来の効用を選ぶかどうかといった、時間割引率の変化に関する話がありました。震災後のリスクの取り方に関する研究においては、男性はリスクを取りに行き、女性はリスクを回避するといった真逆の選好変化があり、その影響は5年ほどといった話もありました。医療現場においては、例えば患者さんが転ぶリスクを考えた上で、これを避ける行動に限定するといった医療者側の視点もあり、主体が異なる場合に関しての議論が行われました。

また、山川先生の話題提供にあった、コロナ禍前後で人工呼吸器に対する家族の希望度が変化する話について、責任が新型コロナウイルスにあるか、本人にあるか、といった可能性が提示されました。実際に山川先生がご家族にインタビューする中では、「治るんだったら」治してほしい、との言葉が出てきており、非常に困惑されたそうです。

終末期を前提とし、何度も本人の死について話してきたにも関わらず、コロナ禍になった際に「治るんだったら」という家族の想いが出てくることについて、気持ちの整理や認識の可変性に関する議論が行われました。その後も、各先生のインタビューに関する方法論や、データの保管と公開、それに関わる倫理の視点から様々な議論がなされました。

参加者同士の交流

第2部では、合計4つの小グループに分かれての参加者同士の交流が行われ、20分の間、“いのち”をテーマとしたときの結果の在り方、実験と倫理、まもりやすい住空間、答えが一つではない問題への向き合い方、本音の探り方、学問の実証性、社会的行為としての研究自体が持つ規範性、統計的差別など、各グループで様々な議論が行われました。

最後にSSI副長の木多教授による各先生方の話題提供に対するコメントを通して、まとめと中締めが行われ、本フォーラムが終了しました。その後、有志の先生方が残り、様々なディスカッションに花が咲きました。

(田中翔 社会ソリューションイニシアティブ特任研究員)