車座の会

第1回SSI車座の会開催報告
2019年9月20日

初めてのSSI車座の会

9月20日(金)、第1回車座の会を大阪大学会館の豊中SSIラウンジにて開催しました。講演者の高山千弘氏様を含め10社12名と大阪大学側からはSSI長の堂目卓生教授ほか4名の16名が集まりました。

社会のために努力している個々の企業を横断的につなげることによって、よりよい業界、さらにはよりよい社会をつくる。車座の会の目的は、企業を起点に業界・社会を包摂し、持続可能な社会を実現することです。

参加メンバーには、車座の会で得られる知識が関係、相互の支援を用いて、自組織だけでなく業界と社会をリードし、持続的な市場経済をつくる実践を進めていただきます。このような目的を持ったSSI車座の会がスタートしました。

プログラム

第1部 15:00~18:00
1.「共感資本主義の実現に向けて-スミス、ミル、セン、バニエの経済(経世済民)思想」
堂目卓生氏(大阪大学SSI長、経済学研究科教授、総長特命補佐)
2.「知識創造経営による共感の重要性」
高山千弘氏(エーザイ執行役員知創部長)
3.「共感資本主義・共感経営の実現に向けて」対話
第2部 懇談の場 18:00~19:00

堂目卓生教授の講演

まず、SSI長である堂目卓生教授が、SSIの理念と取組を紹介し、「共感資本主義の実現に向けて-スミス、ミル、セン、バニエの経済(経世済民)思想」と題した講演を行いました。
講演の概要は以下の通りです。
経済という言葉は、一般に理解されているような利益の追求や富の増大といった意味ではなく、「経世済民」、すなわち「世を経(おさ)め民を済(すく)う」ことである。アダム・スミスにはじまり、J・S・ミル、アマルティア・センといった現代に至る多くの経済学者は、経世済民のため、社会のために考え、行動してきた。
スミスは、共感にもとづいたフェアな競争を通じて物質的な豊かさを追求する社会を構想したが、課題も残した。1つは競争に参加できない人々を包摂することであり、もう一つは国や民族、文化や宗教の違いを乗り越えて、開かれた道徳を形成していくことである。つまり「いかにして『共感』の範囲を広げるか?」という課題である。
産業革命の暗黒面が見えてきたころに、ミルが構想したのは、機会の均等化を通じて、より多くの人が競争に参加できる社会である。競争の外にいた人たちを、競争に参加できるようにするという機会の均等化によって経済成長を促すことができるだろう。そのために、ミルは、識字率を上げて読み書きができるようにしたり、病気になったときに立ち直れるようにするという最低限の健康を確保するために、制度を整備し、多くに人がスタートラインに立てるようになってもらうことを目指した。
センは、1998年にノーベル経済学賞を受賞したインドの学者である。センは、個人(特に不利な境遇にある個人)のケーパビリティ(選択の幅)を拡げることを全体としての物質的な豊かさよりも優先する社会を構想した。個人(特に不利な境遇にある個人)のできることが拡大できるように、様々な資源を優先的に配分すべきという。
スミス、ミル、センやさまざまな経済学者と呼ばれる人々は、経世済民という目的のために、生産力や効率性を高め経済の豊かさをどう増やし分配するかという手段を追求し、経世済民のために努力することで、それは成果を生んできた。しかし未だ、相対的に弱い立場の人々の格差や貧困といった問題は解決しきれていない。
このような状況に対し、ジャン・バニエの思想と実践が参考になる。バニエは、軍人の経験をへて、トロント大学の研究者にもなっていたが、あるとき友人からパリ郊外の知的障がい者の施設に招かれたときに、知的障がい者に友情を求められた。しかし、バニエは素直に応えられなかった。彼は自分の中にあるディスアビリティー、心の壁を知り、自分の人間観に疑問を持った。トロント大学をやめて、パリで2人の知的障がい者と共同生活を始めた。この暮らしには多くの困難があったが、家族として、仲間として、同じ人間として、共に暮らすというこの活動は、ラルシュ(L’Arche、箱船)と呼ばれるようになり、現在は、世界38カ国・150箇所に広がっている。日本にも1箇所、静岡に「かなの家」がある。SSIでも、7月に行われたSSIサロンで、代表の佐藤言さんやスタッフの横井さん、そして、知的障がいを持つ仲間も2名参加し、話をしてもらった。
なぜバニエの実践がヒントになるのか。それは、生産力や効率性を向上させようという社会における「強い人」中心のアプローチをとっていないからだ。産業革命以来、資本主義の社会が生産力重視で発展してきたことは明らかではあるものの、結局、「弱い人」を救いきれていないことを踏まえると、「弱い人」を中心に置き、「強い人」が「弱い人」によって救われる意識の構造をつくることによって、より共生を実現する良い資本主義社会が生まれる可能性があるのではないか。

エーザイ高山千弘氏講演

エーザイの高山千弘氏からは、「知識創造経営による共感の重要性」についてお話をなられました。概要は以下のとおりです。
エーザイでは、野中郁次郎一橋大学名誉教授により提唱された知識創造経営を実践している。知識創造経営は、SECIモデルを日常業務として取り入れ、理念を実現する経営を指す。SECIモデルは、共同化(S)、表出化(E)、連結化(C)、内面化(I)の4つからなり、そのサイクルのなかで、個人と組織における知識の創造につながっていく。この知識とは机上のもののことではなく、実践につながる知、現代的にいえばイノベーションのことである。このSECIの中でも、野中教授、エーザイの内藤社長、そして高山氏が重視しているのは共同化である。共同化とは、顧客や仕事の現場にすでに存在している暗黙知を、そこに赴いた人間が共感して我が身にうつしかえて自分自身の知にすることである。エーザイの顧客は患者様であり、患者様が生活しているのは病院や福祉施設である。エーザイでは従業員就業時間の1%の時間、年間の2~3日を使い、病院や福祉施設で、患者様とともに時を過ごしている。このようにして、患者様として感じ考えることができるようになった従業員は、そこから、気づきやアイデアを見える化して共有し(表出化)、そのアイデアを協働して具体化し(連結化)、それを人々が改めて現場で実装・実践していく(内面化)。これらを繰り返していく。
このようにエーザイでは、患者様に共感した実践を続けているが、それだけではなく、定款に理念を明記した最初の会社と言われている。その第2条には経営理念が定義されており、第一項に「本会社は、患者様とそのご家族の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献することを企業理念と定め、この企業理念のもとヒューマン・ヘルスケア (hhc) 企業をめざす。」、第二項に「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」(平成27年改訂版より)とある。
リンパ系フィラリア予防・治療のためのDEC錠の無料供与(エーザイでは、これを長期的にはビジネスと考えて「プライスゼロ」と呼んでいる)を実施したり、所得に応じた価格設定(「ティアードプライシング」)を行って、薬の必要な患者様に薬が行き渡るようにしている。また、市民や地域の協働により、地域・現場のニーズにもとづきかつ自律してコミュニティを発展していけるようなリビングラボという組織づくりも行っている。
このように、高山氏からは、エーザイという会社の活動を通して、共感にもとづく経営の実践例を紹介いただいた。

理念経営についての対話

講演のあとの対話の場では、2つの報告をうけて対話が活発に行われた。参加者からは、「明確なビジョンを持ってこれから学んでいきたい」「目からウロコであった。社会貢献の概念を変えて、行動変化させたい」「社会に還元したいと強く思った」「人を中心とした社会づくりの重要性を実感した」「すごいだけでは終わらせないで、まずは行動したい」「誰一人取り残さない社会の実現が必要」といった声が聞かれた。

(伊藤武志 社会ソリューションイニシアティブ企画調整室員)

参加

ご参加企業・組織:10社12名
エーザイ株式会社、大阪ガス株式会社、オムロン株式会社、グンゼ株式会社、コクヨ株式会社、サントリーホールディングス株式会社、日本航空株式会社、日本たばこ産業株式会社、ノックオンザドア株式会社ほか1社(五十音順)
運営主体(大阪大学):
堂目卓生(SSI長, 総長補佐、経済学研究科教授)、伊藤武志(SSI教授)、井上大嗣(SSI特任研究員)ほか