マンスリー・トピックス

いのちの灯りを照らすプロジェクト: 超高齢社会における自律の探求

大阪大学SSI基幹プロジェクト「科学と人のアートによって醸成される、一人ひとりの自律に基づく死生観に裏打ちされた 超高齢社会」 プロジェクトリーダー
山川みやえ

2023年12月

 私たちは、「いのち」という人間存在の根本的な問題に日々直面しています。私たちが進めているSSI の基幹プロジェクト「科学と人のアートによって醸成される、一人ひとりの自律に基づく死生観に裏打ちされた超高齢社会」では、超高齢社会を生きる人の「生活」に焦点をあて、一人ひとりが「いのちの灯り」として自らの人生に照らし出せるように、社会とのかかわりを身近に感じることで、自らをアートとしてデザインできるような環境を整えることを目的としています。そして、人間性と科学の融合を通じて、高齢化に伴うさまざまな問題への多面的なアプローチを試みています。「自律」という概念は、単に一人で何もかもを行うことではなく、コミュニティ内のさまざまな資源を活用して、個人の意思を最後まで表現し続けることを意味します。そして私たちが目指す自律的社会とは、多様な個のwell-beingが様々な色で表現され、コミュニティというキャンバスの上にカラフルで美しい社会環境が描き出されることです。昨年、私たちが企画した2つのイベントが、我々のプロジェクトの核心を可視化したように思いました。
 まず、7月には日本における緩和ケアの草分けである柏木哲夫先生と奥様の道子先生との貴重な懇談を企画する機会に恵まれました。私たちのプロジェクトのメンバーの杉田美和先生、木多道弘先生が手掛けた「暮らす看護ホスピスもかの家」でお二人をお迎えしました。ぬくもりのある十津川郷の木材を多用しリノベーションした終の住処としての温かなホスピスが、笑い声のあふれる穏やかだけれども心震えるエピソードで溢れた時間になりました。教育者でもある道子先生との二人三脚で日本の終末期医療の在り方を模索されてきた哲夫先生の体験に裏づいた言葉は私たちを静かに鼓舞させてくれました。
 50年前に柏木哲夫先生が緩和ケアを初めて日本で実践する前に、アメリカの病院に研修に行ったそうです。その際、一生懸命ケアカンファレンスで終末期の人へのケアをディスカッションしているスタッフに「なぜもうすぐ亡くなる人にそんなにいろいろするのですか?」と素朴な疑問をぶつけてみたそうです。そうするとひとりの看護師が「この人は今まで懸命に生きてきた、だからこの人の人生の最後はみんなから大事にしてもらってよい人生だったと思えるようにサポートしたい」と言われて、驚くとともに深く納得されたようです。効率性だけをみると、どうせ死ぬのに、という考えもあるのかもしれません。しかし、そこに「いのち」という唯一無二のものがある意味を柏木先生は深く理解されたのだと思います。
このエピソードをきいて、これまで約2500人を看取った柏木先生の目指す終末期医療は、病に苦しむ人々の身体的及び精神的苦痛を軽減し、人生の質を向上させることに注力する、単なる治療法を超えた医療の実践であり、これはいのちに対する深い敬意と理解から生まれたものと思いました。この懇談会では参加者全員の柏木先生ご夫妻に対する敬意にあふれていました。この雰囲気がまさに哲夫先生が目指してきた終末期医療に必要な空気感ではないかと思っています。

 そして季節がめぐり寒くなった年の瀬には、経済学者でもありSSI 長である堂目卓生先生によるフォーラムを企画しました。70名以上の申し込みがあったこのフォーラムで、堂目先生には社会全体が直面する生きづらさを含め、経済活動を促進するため、アダム・スミスの理論から発展した経済史での核となる考え方を参照しながら深く掘り下げていただきました。堂目先生はアダム・スミスの「道徳感情論」と「国富論」を深く分析し、スミスが提唱した共感が社会秩序の基盤となると強調し、特に、経済活動における個人の自己利益追求が社会全体の利益に結びつく「見えざる手」の概念を現代版に再解釈し、スミスの思想を自由至上主義や利己主義に収束されがちな現代社会への重要な示唆として再評価しています。ス
ミスの道徳が共感に基づいて形成され、個人の利益と他者への関心が結びつくことで社会的秩序と個人の幸福が実現可能であるという洞察は、堂目先⽣が追求する「いのちを大切にし、一人一人が輝く社会」への道を示しています。経済活動における個人の感情や道徳性が、目先の利益ではなく、社会全体のwell-being、そしてそれらを構成する一人ひとりの「いのち」への尊厳にどのように寄与するのかという問いに対すヒントを教授いただきました。

 自律に必要なのは、個々の価値観や信念に基づくルール設定と、自らの選択とその結果がうまくいかなくてもその結果を受け入れ、さらにアップデートできる内なる強さだと思います。柏木先生や堂目先生からの教えが、人々の自律性とwell-being に対する、社会行動や日常生活の基準に深く影響を与えていると感じます。柏木先生は緩和ケアの技術的側面と共に、臨床現場での魂への深い共感と理解とそれを具現化するチームワークとユーモアの重要性を、堂目先生は経済活動における道徳感情が社会をサステイナブルに循環させるエコシステムの促進剤になることに気づかせてくれました。いのちの深淵と経済活動の基盤となる道徳感情は、一見、別々の問題のように見えても、実は密接に結びついており、私たちの日々の生活の中で重要な役割を果たしているといえます。その生活の営み自体が「いのちの灯り」になっていき、最期の最後まで、自分の人生を豊かにデザインできる環境を創り上げられると思います。