マンスリー・トピックス

大阪ベイエリアの事前復興と未来づくり

社会ソリューションイニシアティブ企画調整室長/工学研究科教授
木多道宏

2019年12月
大阪ベイエリアの課題

大阪湾を取り囲む関西都市圏は、高度経済成長以降、都市化が急激に進み、広大なエリアの地表面が人工物で覆われることになりました。港湾もごく一部の海浜を除き、全体が人工護岸化されています。その結果、生態系の改変と機能の弱体化、人々の環境への無関心を招きました。
図は地域構造の成り立ちを、複数のレイヤーの重層構造として表現したものです。
地盤の性質が地形として表出し、地形の傾斜に沿って水が流れることで植物や生物の生育環境を生み出します。ため池・水路は人工物ですが、そこに生物を育み、栄養分を海に注ぎ海の生態系の形成に寄与するものはあえて「生態インフラ」と呼び、「人工インフラ」と区別しています。生業とは生態系や自然の資源を活用するもので、祭礼や行事に代表される行為や慣習は生業の持続性を支えるものです。これらが社会構造として表出し、またマネジメントのための行政単位として構造化されています。
本来、建物やインフラは、下層の自然・生態系と上層の生業・社会とをつなげるものですが、近代化による巨大化・高質化・垂直化により両者の関係を断絶したのだと説明することができます。

大災害と事前復興の意義

大災害は、人工物で覆われた自然環境の構造を顕在化させることが指摘されています。例えば、阪神淡路大震災では、一見均質に見える住宅地でも、古くから集落のあったエリアは被害が少なく、先人は田畑になりにくい堅い地盤を選んで家を建てていたことがわかりました。また東日本大震災では、仙台市の海浜に形成された浜堤列と言われる微高地にある集落の方が、新興住宅に比べ被害が少なかったことが指摘されています。
大災害は、以上のような自然・人工物・社会の関係を発見し、見直す機会を与えてくれます。ただし、望ましい関係に変えるためには、被災してから行動を起こすのではなく、事前に考えることが重要です。
筆者が定義する「事前復興」とは、大災害への事前の対策を契機として未来社会を構想し、今すぐそれに向けた一歩を踏み出し、歩み続けることです。人口減少や近代の過度な開発による気候変動などの課題に立ち向かい、飛躍する科学技術の効用を見定め活用し、未来社会に相応しい都市・地域構造へと再編するチャンスであり、それはたとえ大災害がおとずれなくとも、理想の未来に向けて必要な都市や地域をつくり続けることです。

シンポジウムの開催

関西圏の理想の未来像を構想するため、2019年12月19日に、シンポジウム「大阪ベイエリアの事前復興と未来づくり」(主催:生産技術振興協会)を開催しました。話題提供として、西田修三先生(大阪大学)、増田 昇先生(大阪府立大学)、竹林英樹先生(神戸大学)に、それぞれ水系、緑・ランドスケープ、大気の観点からご講演をいただきました。3人の先生方のお話をまとめると、湾や山も含めた関西圏を大きな環境の単位として捉える必要があり、都市化や埋立てが起こる前後について、海流・水質・植生・気温などの変化をシミュレーションや地道な調査によって可視化することにより、現代の課題を読み解くことができます。例えば、湾奥部の海水の流動が停滞しており生態系に悪影響を及ぼしていること、海藻の幼胚が湾内を移動するための生態系のネットワークが港湾部で途切れてしまっていること、山辺や海辺といった海・陸・山の間にある、環境が緩やかに移行する「辺」の空間が失われたこと、阪神間の都心部からかなり内陸まで高熱が滞留していることなど、多くの問題が山積しており、現在が回復に向けた行動を起こすための最後のチャンスであることが示されました。

関西圏の未来づくりと大阪・関西万博への期待

ディスカッッションでは、未来の関西圏の創生に向けて、水・緑・風の分野から取り組むべきことについて意見交換がされました。大阪港周辺に生物の育む「場」を再生し、生態系のネットワークを回復するような垂直護岸の改修を進めること、一定のまとまりのある自然環境の単位(パッチ)を保全し、都市部において水と緑の基本軸(コリドール)を重点形成していくこと、海風を市街地に導入し、一方で待ち合わせ場所など小さなスケールにクールスポットを生み出していくことなど多くの示唆に富んだ提案がされました。
大阪・関西万博会場は、阪神間から泉南にいたる大阪ベイエリア沿岸の中央部に当たり、ベイエリア再生のシンボルとなります。今回の万博を敷地に閉じたテーマパーク型のイベントに終わらせるのでなく、ベイエリアの「事前復興」そのものとして位置付け、万博会場が湾内の生態系ネットワークを回復し、海域と陸域との関係を再形成する「水辺」そのものであることが望まれます。