マンスリー・トピックス

大学こそが提供できる価値とは ― 社会に新たなインパクトをもたらす大学のチャレンジ ―

経営企画オフィス准教授
藤井翔太

2018年11月
社会的インパクトと新たな研究戦略の潮流

現代社会は文明の発展の裏側で、様々な課題を抱えています。科学技術の発展やグローバル化の進展は人類に大きな恩恵をもたらすと共に、既存の社会制度や産業構造を大きく揺るがしています。地球規模で複雑化・深刻化する社会課題を解決するために、政府や企業、NPOだけでなく、学問の府である大学に向けられる期待は日々高まってきているといえるでしょう。
研究助成・研究評価の世界では、社会的インパクトという考え方が徐々に浸透し、アカデミックな世界内部での影響力に加えて、社会・経済・政治・文化に対する研究の影響力が重視されるようになってきました。EUの研究イノベーションの枠組みであるHorizon2020や日本政府による革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のように、社会課題(Societal Problem)の解決を目的とする大型研究助成プログラムが増加しています。
こうした状況下で、ヨーロッパの大学を中心に、社会的インパクトを意識した新たな研究戦略の潮流が現れてきています。本稿では、この新たな潮流を紹介することで、21世紀の社会において「大学こそが提供できる価値とは何か」について再考したいと思います。

イギリスの大学の新たなチャレンジ

社会的インパクトを意識した新たな研究戦略の潮流が最も明確に現れているのは、イギリスの大学です。
例えば、University College London(UCL)のGrand Challenges(図1)は、6つの課題の柱(Pillar)を設定し、課題解決に向けた研究活動を展開しています。Grand Challengeの狙いは、単に大学が社会課題に取り組んでいることをアピールすることではなく、6つのPillarを中心にして、既存の学術分野や社会・産業セクターの壁を超えたえた人が集うための場を形成することにあります。新たな研究のモードを作り出し、より大きく広範囲にわたるインパクトを社会にもたらすことが目指されているという意味で、文字通りUCLによる「壮大な挑戦」といえるでしょう。

 

図1:UCL Grand Challenge。6つの課題の柱が設定されている
(https://www.ucl.ac.uk/grand-challenges/file/39)

 

また、Imperial College LondonのTech-Foresightの場合には、テクノロジーや社会制度の将来が予測されています(図2)。経験豊富な教員・研究者の知見にくわえて、斬新な発想を持った若い学生達のアイデアが取り込む形で作られるTech-Foresightの予測(Foresight)を基にしたセミナーやシンポジウムは、長期的なビジョン・戦略を求める企業や政府の関係者から高い評価を得ています。

図2:Imperial College London, Tech-Foresightの作成したTimeline

(https://nowandnext.com/PDF/Timeline%20of%20Emerging%20Science%20and%20Technology.pdf)

 

いずれも、複雑化・深刻化する社会課題を解決するためには、大学内部で蓄積された科学的な知見・経験をベースとしながらも、内部だけでなく外部のステークホルダーを幅広く巻き込み、共創することで、社会的なインパクトを高めようとするプロジェクトだといえるでしょう。インタビュー調査を実施した際に、両プロジェクトの担当者がともに、「大学こそが社会を変える原動力(Driving-Force)にならなければならない」と口にしていたことが今でも強く印象に残っています。

日本の大学、そしてSSIのチャレンジ

日本の大学でも東北大学の「社会にインパクトある研究」のように、社会的インパクトを意識し、大学における研究の意義を見直すようなプロジェクトが徐々に出現しており、今後この新たな潮流は日本でもさらに広がっていくと感じています。
そうした中で、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ(SSI)も、「命を大切にし、一人一人が輝く社会を目指して」、社会の現場の人々と協働して諸課題に取り組んでいます。命を「まもり」、「はぐくみ」、「つなぐ」という3つの視点に基づき、未来社会のビジョンを提示し、多くの人と一緒になって持続可能な共生社会を実現することを目指すSSIの活動も、「大学こそが提供できる価値とは何か」ということを問い直すことに繋がっていくのだと思っています。

 

図3:SSIの理念:命をまもる はぐくむ つなぐ