サロン/シンポジウム

第16回SSIサロン開催報告
いのちの〈ことば〉
:次世代市民が共創する知のあり方

<日時>  2022年7月28日(木) 17:00〜19:30
<場所>  ハイブリッド開催(大阪大学会館2F SSI豊中ラウンジとZoom)
<参加者> 45名(対面27名、Zoom18名)
<プログラム>
・開会挨拶:堂目卓生/大阪大学SSI長・同大学院経済学研究科教授
・話題提供1 岡部美香/大阪大学人間科学研究科教授
      「当事者と共創する公共の知」
 話題提供2 桝田千佳/大阪府教育庁市町村教育室・室長
      「子どもたちと共創する教育と社会―地方自治体のいまとこれから」
 話題提供3 田熊美保/OECD教育スキル局シニア政策アナリスト
      「世界の国々における「子どもの社会参加」の現状」
 話題提供4 小玉重夫/東京大学教育学研究科教授
      「コメント 市民が参加する意味」
・ディスカッション(モデレーター:岡部美香)

2年半ぶりの対面でのサロンの開催

2022年7月28日(木)に第16回SSIサロン「いのちの〈ことば〉:次世代市民が共創する知のあり方」を開催しました。SSIの基幹プロジェクト「自らの生から公共の知を共創する次世代市民の育成に向けた教育の開発」をベースに、教育および福祉の現場における言葉のあり方をテーマに、話題提供と全体議論を行いました。

また、今回のサロンはZoomとのハイブリッド開催ではありましたが、約2年半ぶりにSSI豊中ラウンジを利用した対面での開催となり、一部でありますが参加者が顔をつきあわせて議論することでより一層盛り上がったような気がしました。

教育現場における当事者=子どもの〈ことば〉にいかに耳を傾けるか

話題提供ではまず、基幹プロジェクトの研究代表者である大阪大学人間科学研究科教授の岡部美香氏が「当事者と共創する公共の知」というタイトルで、プロジェクトの概要・目的を紹介しました。教育の現場で当事者である子どもの〈ことば〉に耳を傾け、他者と協働するための新たな「公共の知」を共創すること、特に子どもやマイノリティを中心とする当事者の参加を促しつつ、かつ、マジョリティとの分断を避けつつネットワーク(公共の知の基盤)を編むことが目的であると語られました。そして、プロジェクトを通じて社会における境界(例えば男/女や専門職/素人など)を問い直すこと、また、境界を超越した協働を促進するためにも、現場に入り当事者の〈ことば〉に耳を傾け、それを社会の公共の知へと共に創り上げていくことの重要性が示されました。

次に、大阪府教育庁市長町村教育室・室長の桝田千佳氏が、大阪府の子どもを対象としたアンケートデータを基に、大阪府の教育の現状と将来への展望を語られました。アンケートデータからは「将来への展望・希望」が持てない子どもたちの存在が浮き彫りになっており、それをポジティブな方向にもっていくためには、子どもたちがもつ「良さ」に焦点をあて、子どもたちが主体的に、自分事として未来社会について考え・行動する総合的学習・体験を行える取組の実施と場の構築が不可欠だと述べられました。その上で、大人と子どもの境界を見直し、地域ぐるみで子どもを支援するための協働・共創を通じて、大人も含めて「学ぶ」ことの意味を実感する必要があるとまとめられました。

三人目の報告者であるOECD教育スキル局シニア政策アナリストの田熊美保氏は、OECD2030プロジェクト発足の背景から世界と日本の課題の共通性について説明されました。東日本大震災をきっかけにした日本の子どもたちによる「命の言葉」は世界中で大きなインパクトを持って受け入れられ、それをきっかけに子どもの目的・当事者意識や自己効用力など、子どもたちの今ある姿を見つめ直し、未来の創り手として必要な資質・能力について再構築することを目指すOECDのプロジェクトが発足した経緯が紹介されました。世界に比べて「自分で国や社会を変えられる」という意識を持ちにくい日本の子どもをエンパワーメントするためには、子ども自身が未来ビジョン創りを行えるよう、子どもを中心に多様な人々を巻き込んだプロジェクトを推進することで、大人の側の価値観もアップデートして、失敗を許容する文化を社会全体で醸成しなければならないと述べられました。

最後に東京大学教育学研究科教授の小玉重夫氏が、3者の報告をまとめる形でコメントされました。3者の報告に共通している点として、子どもを「変革を起こす能力を持つ主体=エージェンシー」として捉えている点が指摘され、教育の失敗によって市民が育成されるという「パークス―アイヒマン パラドクス」(注1)を見据えた上で、子どもの政治的エージェンシーとしての能力を育むことの重要性が示されました。そのためには様々なタイプの共同体の「間」で共有される場(コモンズ)を育み、それぞれの共同体は自律分散的に活動しつつも、コモンズを通じて共同体間が通じ合い、移動することが可能なシステム(エコシステム)を築き上げることで、変革に起こす能力を持った主体(エージェンシー)を育むことができるだろう述べて、話題提供の最後を締めくくられました。

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(注1):教育の失敗によって市民が育成されるというパラドクスを教育哲学者のガート・ビースタは「パークス―アイヒマンパラドクス」と名付けた。パークスはアメリカの公民権運動において大きな役割を果たしたローザ・パークス、アイヒマンはナチスの親衛隊のアドルフ・アイヒマンの事を指す。
「効果的な授業によって学習がうまくいくという視点からすれば、アイヒマンは教育の成功によってもたらされた人物であり、パークスはそれがうまくいかなかったことによってもたらされた人物であるということになるが、人間の主体性という観点からすれば、これとは反対の見方になる、ここにパラドクス(逆説)がある。」Gert Biesta,World-Centered Education, Routledge, 2022 (小玉先生訳)

〈ことば〉を巡る感覚の違いと未来社会を共創するための課題

全体議論では、参加者から様々な質問がなされました。議論の中身は教育の現場における〈ことば〉に限られず、企業所属の参加者からは企業活動における言葉の感覚の違いが近年課題として浮上していること、背景の異なる人々の間で方向性や価値観を共有するためにはどのような〈ことば〉が必要なのかなど、より広い文脈から〈ことば〉に関するコメント・質問がなされました。それに対して岡部氏は、言葉を〈ことば〉として醸成していくプロセスには困難が伴うが、多様な人が参画できる場を構築し、境界を越えて一緒に活動し、共創し続けていくことが必要だと返答がなされました。

また、規範的な言葉や法をベースとする(西洋的な)近代社会をどう変革するのかという論点も提示され、中心に集うような近代的な主体(Subject)から脱却する時期が来ているのではないか、そのためには韓国など他国において導入された18歳被選挙権のような、子どもたちをエージェンシーとして認めるような制度改革が必要だろうという意見がでました。他にも比喩や詩など感覚的な〈ことば〉の扱いや、上手に会議をする子どもが増えることは実は「パークス―アイヒマン パラドクス」の現実化そのものであり危険ではないだろうかなど、様々な論点が提示され、最後まで白熱した議論が繰り広げられました。

議論の最後に岡部氏がまとめとして、既存の言葉をそれぞれに異なる意味合いの自分の〈ことば〉として使う人たちが協働・共創できる文化を醸成することが本当の意味での多文化共生であり、そのプロセスにおいてはお互いに傷つけあうこともあるかもしれないだろうが、それを許容しながら変革を目指すことが重要だと締めくくられました。

本サロンは教育と福祉がメインテーマでしたが、その核には、どのように既存の言葉を〈ことば〉のやり取りを通して公共の共創知として醸成していくのかという非常に重要な課題が据えられており、未来社会の共創を目指すSSIにとっても根源的な問題を浮き彫りにしたのではないかと思います。サロンが終わった後にもSSI内部のメンバー間で更なる議論の深掘りがなされているなど、今後のSSIの方向性を考えて行く上でも大きな意義のある会になったのではないでしょうか。

(藤井翔太 大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 准教授)