<日時> 2022年3月10日(月)15時~18時
<場所> Zoom ウェビナーにてオンライン開催
<参加者> 287名
<プログラム>
・開会の辞 西尾章治郎/大阪大学総長
・SSIの年間活動報告 堂目卓生/大阪大学SSI長・同大学院経済学研究科教授
・基調講演 山田太雲/モニターデロイト シニアスペシャリストリード
「コロナ後の世界においてSDGsが推進するポスト資本主義」
・パネルディスカッション
山田太雲
杉田映理/大阪大学大学院人間科学研究科准教授
萱島信子/JICA緒方研究所シニア・リサーチ・アドバイザー
井上剛志/関西経済連合会理事
伊藤武志/大阪大学SSI教授
モデレーター:堂目卓生
・閉会の辞 三成賢次/大阪大学理事・副学長
- 第4回SSIシンポジウム開催
2022年3月10日、第4回SSIシンポジウム「SDGsで拓く未来 -すべてのいのちが輝く世界を目指して」が開催されました。シンポジウムは、SSIが目指す「命を大切にし、一人一人が輝く社会」の実現に向けて、学内外の多様な参加者との議論を通じて、その足掛かりを探求する重要なイベントです。
基調講演では、モニターデロイトの山田太雲氏から、ポスト資本主義における企業経営の姿について、SDGsの役割と影響を交えながらのお話がありました。続いて行われたパネルディスカッションでは、地球規模の諸課題がある中、企業・NGO・政府機関・大学の立場から議論がなされ、弱い立場の人を中心とした取組の必要性と多様なアクターの連帯の重要性が論じられました。
- 基調講演「コロナ後の世界においてSDGsが推進するポスト資本主義」
モニターデロイトの山田氏により、サステナビリティ領域のスペシャリストの立場から、5つのポイントに分けての講演がありました。
コロナ禍で岐路に立つ資本主義
まず1点目に、SDGsを堅実に実施するだけではままならなくなっている世界の外部環境変化と、SDGsの価値に関するお話がありました。コロナ禍の影響による国内的格差・国際的格差の存在や、SDGs達成が10年近く後ろ倒しになっている状況に触れ、当初はSDGsやサステナビリティの企業アジェンダが失速すると考えられていたものの、結果として、配当より雇用を優先する機関投資家の動き、脱炭素化事業モデルを条件とする助成金など、失業や社会保障予算削減が目立ったリーマンショック時とは異なるステークホルダーの動きがありました。この背景には、女性差別へのMeToo運動、BLMなど反人種差別運動、気候変動をもたらす経済成長に対する批判があり、大手企業経営者が対応を示さざるを得なくなったことがあります。特定課題への企業の姿勢が購買判断に影響を与える機運も世界的には高まっており、差別や偏見を助長するSNSなどデジタルプラットフォーム型ビジネスへの対策や、ウクライナ問題も含む平和構築や人権の問題にも取り組む必要が出てきました。
このような文脈の中、2019年にアメリカ最大規模の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は株主第一主義を廃止することを発表し、2020年には世界大手の資産運用会社であるブラックロックのCEOが投資先企業CEOへの公開書簡にてサステナビリティを重視する内容を送り、同年の世界経済フォーラムの議題に「ステークホルダー資本主義」が据えられていました。その矢先にパンデミックが起こり、不安定な状況に置かれた非正規雇用者やサプライヤー、安い商品も購入できなくなった人々が出てくる中、いかに自社の繁栄を支えてくれたステークホルダーを守れるのかが問われています。企業はSDGsをどのように捉えるべきか?
2点目は、SDGsをどう捉えるべきかといった視点です。グローバル資本主義を前提としていたMDGsに対し、SDGsは経済と社会・環境の関係を正すためのものであり、例えば企業の収益モデルが社会や環境にどのような影響を与えるかを考えます。資源を浪費したり、労働を搾取したりすると、ビジネスの前提となっている資源の安定的供給や顧客の存在を確保できなくなるなど、先進企業の当事者意識も変わってきています。
企業のSDGsには、規制強化に対応する守りのSDGsと、脱炭素市場など新たな市場に参入する攻めのSDGsがあり、後者の場合、SDGsは新たな事業価値を生み出す社会課題として捉えられます。その中でも特に重要となる社会課題の一つに気候変動があります。例えばシェルの場合、温暖化ガス排出量を50年までに実質ゼロとする長期目標を掲げていましたが、オランダで受けた裁判判決では利益を度外視してでも排出量削減に取り組むべきと言われ、気候変動への対策ができていないことが人権侵害に繋がるとまで言われました。また、脱炭素の文脈だけ推進すると社会的に脆弱な人たちを苦境に追い込み、結果として脱炭素にブレーキをかけることもあるため、公平な移行が同時に求められます。例えば石炭から石油にシフトした際の炭鉱労働者の失業、ガソリンや電気代の価格高騰による家計負担、風車建設地がもちらす先住民族の土地を巡る紛争、電気自動車に必要なコバルトと結びつく児童労働など、様々な状況に配慮しながら脱炭素を目指すといった、難易度の高い行動が求められています。
気候変動に続くアジェンダとして、生物多様性があります。動植物の絶滅のスピードが速いため、農業や産業など人類の文明が立ち行かなくなるといった調査結果が出てきており、大手企業経営者の危機感も急速に高まっています。さらに、政治に期待できないことから企業への圧力がかかっているテーマとして差別、格差、社会正義などがあります。例えばBLM運動を受けて行われたナイキの反人種差別キャンペーン、写真や名前など性別が分かる情報を使わず人材採用するユニリーバ、黒人逮捕時に弁護士や家族と連絡できるアプリの開発、難民を語学教師としてマッチングする事業などがあります。企業経営を大きく変化しうるポイントは?
3点目として、企業経営の姿がどのように変わるのか、についてお話されました。まず、市場での競争軸についてです。これまでは機能、品質、価格が競争軸でしたが、これに環境破壊、水質汚染、労働者搾取などの外部不経済を本来のコストとして内部化した指標が加わります。一つの企業だけではなく、行政やNGOと議論したり提携したりしながら社会課題解決の大義やルールを確立する力を持った上で競争に勝つといった、2段構えの動きが必要になります。これを試している事例として例えばユニリーバは、食品に使用するパーム油が東南アジアの森林伐採や、オランウータンが住む場所、先住民族が暮らす場所を失うということでNGOに批判されていましたが、それらのNGOと、持続可能なパーム油のための円卓会議を設けて基準や認証制度をつくることで新たな市場を形成していきました。しかしそれ以降、ネスレがより厳しい基準を設けたことで再度批判されるようになるなど、評価軸や水準は常に変動しており、ルールを作る側に居続けることがサステナビリティ競争で重要であることが指摘されました。
そのためにはNGOによる課題喚起や企業批判により社会的注目が集まる動きをいかに掴めるかが大切となりますが、日本企業は日本語の情報しか入ってこないため、ルールに追従せざるを得なくなり、競争に負けてしまいます。対してヨーロッパでは、NGO、政府、投資家、宗教指導者、科学者などが長期的な市場の在り方を議論する場があり、アフリカなど他地域の人々の声を集めるため、国際的提案の際に途上国など様々なアクターの支持を集めやすくなります。日本では、政府が産業に合わせた政策が多く、投資家も物申すことが少ないため、肌感覚で実感できないことを後回しにしている間に、ある日突然ルールが変更される、ということも起きます。最近この状況を理解するようになった経産省、企業経営者は、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に積極的に参加するなど、経済外交に努めています。そこで障害になるのが経営サイクルで、3年や5年の中期計画では長期的な視野を必要とする社会課題解決が入ってこない一方、デジタルトランスフォーメーションのような1年未満で状況が変わるような環境下での競争もあるため、短期と長期の間を行ったり来たりするローリングプランが重要になってきます。経済価値と社会価値を両立した企業の姿とは?
4点目として、経済価値と社会価値を両立した企業の姿についての事例として、デンマークの企業Novo Nordiskについての話がありました。もともと糖尿病の薬を製造・販売する企業だったところが、「糖尿病を克服する」といった長期的視点を取り入れたかたちで企業パーパスを書き換えました。その上で、通常であればインシュリン販売量が減るような糖尿病予防に対する事業展開をはじめ、インシュリン提供量が減少する一方、学術機関や政府と一緒に協力して新しい事業を展開しました。また、中国のような糖尿病の慢性化が見えているのに保険制度にアジェンダ化されていない新興国の政府と一緒にアジェンダを検討するなど、活動を国際的に広げている成功例があります。企業変革に向けたセクター間連携(NGOを中心に)
5点目として、セクター間連携の話をされました。NGOには、社会課題の当事者に近い人、支援する人、具体的課題解決を現場に近いところで行う人、制度を設計したり変えたりするアドボカシー型の人など、様々な役割があります。アドボカシー型の中にも、EDF(Environment Defense Fund)のような企業に優しいNGO、WWFのような一緒にムーブメントを起こすNGO、グリーンピースのような辛口の批判を行うNGOなどがあります。企業にとって穏健派のNGOは企業の活動を助ける上で必要ですが、急進派のNGOがいなければそもそも社会が動き出さないため、それぞれが分業して進める必要があります。その上で、企業は急進派のNGOが何を考えているのかを知っておく必要があります。例えばユニリーバのCEOはグリーンピースのCEOと四半期に1回は対話の場を設けていたりします。日本でもこのような動向が必要であることや、またNGO側もデジタル化を含め変革が必要であることについて触れ、話を結ばれました。
- パネルディスカッション
「世界と日本をつなぐ国際協力」萱島信子/JICA緒方研究所シニア・リサーチ・アドバイザー
JICA緒方研究所の萱島様から、「世界と日本をつなぐ国際協力」に関してのお話がありました。3年前のTICADでアフリカの方々が口にしたのは「援助ではなく投資が欲しい」という声でした。同時に、日本では内需縮小の傾向にあり、今後は企業の海外進出が重要になってきます。これらODAに求められるもの、日本に必要な行動を考え、JICAとして日本企業の海外進出を支援する取組を始めました。JICAが世界100カ所以上に持っている事務所や、各国の行政機関や省庁などとの繋がりを活用したいとのお話がありました。「月経とジェンダー平等―アフリカから日本まで―」杉田映理/大阪大学大学院人間科学研究科准教授
経済的理由で生理用品を買えなくなる、月経により学校に出席できなくなるなど、月経のために不平等な立場に置かれる人たちについてのお話がありました。この問題に対して、(1)アドボカシー、(2)月経教育、(3)トイレの設置と改善、(4)生理用品支援、(5)テクノロジーを活用した女性向け商品・サービスとしてのFemtechの開発支援があることを説明されました。近年、日本でも、月経をタブー視する風潮が変わってきており、これに対する企業や映画・漫画・テレビ番組などの影響の大きさについても話されました。「関西商人の高い志 ~「世間よし」は社会課題解決~」井上剛志/関西経済連合会理事
関西の商人が基本理念として持っていた「三方よし」のお話をされました。「世間よし」には、世間に迷惑をかけないといった消極的姿勢ではなく、社会課題を解決するビジネスを作るといった積極的姿勢が込められていることを説明されました。2020年ドバイ万博はSDGsが採択される前に選出され、SDGsは2030年までの指針であることを考えると、SDGs万博は2025年に開催される大阪でしか作れません。SDGs達成に向けたアクションプログラムを提示し、具体的な行動に移すことの重要性を訴えられました。「共感資本主義で、SDGs達成といのちの輝きを支える」伊藤武志/大阪大学SSI教授
SDGsや、その先にある「いのち輝く未来社会」に向けて、万博などを通して仲間を増やし、共創ネットワークを作ることの大切さをお話されました。また経営学の視点から、現実的に行動を起こすときには資本が必要であり、共感資本主義が必要であることが示されました。ESG投資や企業エシカル評価など、消費者がよりよい企業を選ぶようになってきた近年の動向について説明されたあと、企業が変わると業界が変わり、社会が変わっていくというお話をされました。ディスカッション
ディスカッションは、「生理の貧困」の話題から始まりました。学費無償化の向こう側に制服代や給食費など気づけていないものがあるように、男性だけでルールを作っていると中々月経の問題には気づけません。生理用品を買うお金がないという問題にだけ焦点を当てると、社会的にタブー視されている問題が見過ごされてしまいます。スコットランドのように無償で生理用品を配布するなど、月経ある人みんなに対する支援が必要となります。
また、今まで気づかなかったことに気づくことは「気づきの波及」を起こし、採用や昇進など、生理以外の問題に対する気づきに繋がります。タブーから脱却できれば、通常の商業活動が女性の生理問題にアプローチできるようになります。ただ、それらの商業活動が逆効果を生み出す危険性もあり、企業が能動的に社会問題を探して行動を起こしていく必要性もあるなど、多様な議論が展開されました。
続いて、企業活動における「三方よし」の話題が持ち上がりました。現代は「三方」の解像度が上がっています。売り手には自社以外のサプライチェーンも多くあります。買い手にも多様性があり、例えば障がいを持つ人はアクセスができないなど、様々な配慮が求められる時代でもあります。世間についても、自社の地元コミュニティだけではなく、他のサプライチェーンの地元はどうするのかなど、世間とは誰なのか、深く理解していくことが必要となります。国際展開があるとさらに複雑になるため、物事の問題とアクションプログラムを明確にし、真摯に行動していく必要があります。
アクションプログラムは企業だけで作るのでしょうか?利益を追求する企業がODAに入ることは開発援助の精神に反するため正しくない、といった旧来の考え方は変わってきています。途上国開発の文脈でも企業活動の重要性が出てきました。JICAによる企業活動支援もあり、海外展開の追い風となっていますが、一方で途上国ビジネスは利潤が薄く、中国や新興国など競争相手も多いことから、「儲けにならない」といった課題があります。何が利益なのか、その物差しを広い視野から考え直さなければならず、長期的視点での新規事業計画や、外部経済の内部化といった視点が重要になるとの議論が行われました。
このような時代においては、正解の見えない解決策を切り開いていくことが求められます。その一例として、ブラジルにおけるJICAとダイキンの成功事例が紹介されました。時代に対応できていなかった省エネ制度の改定をJICAとダイキンがブラジル政府に働きかけ、国の規制改定に至った事例です。結果としてダイキン製品の販売力も向上し、「三方よし」の事例となりました。
SDGsのような大規模な目標を実現したい場合、行政や企業だけではアジェンダ化できないため、社会的イノベーションを起こせません。そのため、国益や営利の影響を受けないNGOの視点を波及させるためにアドボカシー活動が重要になってきますが、NGOのアドボカシー活動を政府の税金が支えるヨーロッパ、民間財団が支える米国、先進国支援を活用する韓国に比べ、日本は財政的投資が少ないといった課題があります。このようなNGOの社会的機能をサポートする取組が必要であるとの議論が行われました。また、国際的な場でルールメイキングをするためには、NGOに資金が集まるだけではなく、人を説得できるだけの知識、経験、交渉力、人間性などを持ち合わせた人や、国際的に発信力がある人が必要であり、大学や政治家との連携にも話が及びました。
ネットワークやイニシアティブを創出する上で、一つの参考としてのオックスフォード大学に出自を持つ国際NGOオックスファムの成り立ちに話が移りました。第二次世界大戦中の英国政策に逆らい、ギリシャの飢餓に苦しむ人々を助けるといった動機、宗教、社会活動家としての学者といった存在があり、出発点でどのような人が作ってきたのかも大切であるとの話がありました。この事例から、利潤追求や政府方針に縛られない大学が、多様なアクターが集い世界の課題に対する共感を広げる場となる意義、そして創業者のパーソナリティに頼らずに機能し続ける組織の構築に向けての議論が行われました。2025年の大阪万博に向けて、SDGs後の未来についての指針を打ち出すようなプロジェクトを立ち上げてはどうかといった声も上がりました。
感染症、気候変動、戦争など様々な諸課題を地球規模で抱える中、バルネラブル(脆弱)な人たちを人類社会全体の中心に据えた取組が求められており、SDGsの推進や、2030年後の取組についての議論が、企業・NGO・政府機関・大学の立場から行なわれたパネルディスカッションとなりました。国際的な繋がりと同時に、地域、家族など身近な存在へ無関心にならず、共創ネットワークをつくりながら多様な活動を展開する必要性について論じられ、ディスカッションの幕を閉じました。