研究者フォーラム

第6回SSI研究者フォーラム開催報告
コミュニティにおける「物語」や「ルール」を紐解く ―民俗学・教育社会学・倫理学の経験から

<日時>  2023年5月29日(月) 17:00〜19:30
<場所>  ハイブリッド開催(SSI豊中サロン+Zoom)
<参加者> 28名
<プログラム>
・開会挨拶:堂目卓生/大阪大学SSI長・同大学院経済学研究科教授
・第1部:「コミュニティにおける『物語』や『ルール』を紐解く―民族学・教育社会学・倫理学の経験から」を考える
  ●3人の研究者の視点共有+Q&A
   話題提供1 永原 順子/人文学研究科 准教授
   話題提供2 今井 貴代子/社会ソリューションイニシアティブ 特任助教
   話題提供3 長門 裕介/社会技術共創研究センター 特任助教
  ●ミニ・パネルディスカッション
・第2部:小グループに分かれての参加者同士の交流
・まとめ~フリーディスカッション

(司会・モデレーター:川人よし恵 社会ソリューションイニシアティブ企画調整室員/経営企画オフィス講師・西村勇哉社会ソリューションイニシアティブ招へい教授)

コミュニティにおける「物語」・「ルール」をテーマに開催

 2023年5月29日(月)に、第6回研究者フォーラムが開催されました。今回は「コミュニティにおける『物語』や『ルール』を紐解く―民族学・教育社会学・倫理学の経験から」をテーマに、民族学、教育社会学、倫理学専門にする研究者から論点が示され議論がおこなわれました。
 大阪大学の教職員計28名が参加した本フォーラムは、3名の研究者による話題提供とミニ・パネルディスカッションの第1部、および小グループに分かれて交流する第2部の二部構成で行われました。前回に引き続き今回も豊中サロンでの対面形式とZoomでのオンライン形式を併用するハイブリッド形式で開催しました。

コミュニティに根付くルール/物語を理解するには

 開会の挨拶では堂目SSI長より、「助ける人」と「助けられる人」の互助を核に据えたSSIの理念、および今年3月に立ち上がったいのち会議の取組について紹介されました。アカデミア、市民、そして若者の声を集約して、持続可能な未来社会の実現に向けたアジェンダを「いのち宣言」として打ち立て、2025年の万博後もレガシーとして残していくことを目指すいのち会議の取組にとっても、人と人の関わりについて多角的に取り扱う本日のフォーラムでの報告は重要な意味をもつだろうとまとめられました。

 話題提供ではまず、人文学研究科の永原准教授が「夏祭りの『物語』や『ルール』-高知県香南市赤岡の『絵金祭り』を例に-」のタイトルで、高知県の夏祭りにおける芝居絵を飾るという風習にまつわる「物語」がどのように伝承されてきたのかについて報告がなされました。報告の主題となるのが、全国各地の夏祭りでみられた芝居の奉納という伝統が江戸時代に禁止される中で、絵師金蔵(絵金)の芝居絵を飾るという形へ変化し、現代まで残っているという高知独自の風習です。江戸時代に神社の祭礼として始まった絵金祭りは、20世紀後半には並行して市民の祭りとしても成立し、さらには「土佐絵金歌舞伎伝承会」という団体と「弁天座」という芝居小屋の設立を伴う形で芝居絵に描かれた芝居を復活させるという現代の市民の文化として定着した歴史をもちます。永原先生はこの絵金祭りの歴史には、絵金の伝説化、祭礼としての形式の変化、芝居の復活(再生)による伝承の強化、厄除けとして芝居絵を飾る一種の伝承の創成(由来はよく分からない)、といった「物語」が付随しており、そうした「物語」と風習が親子3世代で継承されていると解説されました。

 続いて、2人目の話題提供者であるSSIの今井特任助教が、教育社会学の立場から「マイノリティにとってのコミュニティ―境界線をずらすことによる物語の書き換え-」というタイトルで発表されました。今井先生は近代公教育の役割や機能について、外国につながる子どもなどマイノリティの側から捉えるという関心に基づき、外国人に対する施策が実施される裏でマイノリティが消費/搾取されてきた構図を示された上で、マイノリティの子どもが公教育の中で形成される「公的な物語」ではなく自分たちの「物語」をつむぐことが出来るのかという問いを紹介されました。その上で、子ども・若者の交流・語り合いの場におけるフィールドワークの経験を通じて感じたこととして、コミュニティで育まれ広まっモデル・ストーリー(例「日本人と外国人の架け橋になりたい」)に囚われ過ぎず、アイデンティティの境界線をずらして物語を書き換えることで(例「ルーツは外国だけど、日本語しか話せない」)、それが制度の変更や「成長」や「自立」といった学校における概念の問い直しなどに繋がる可能性があると述べられました。そして、境界線をずらして「自分の物語」を紡ぐことが出来るようになるためには、相互に話を聞いてくれる他者がいて(相互性)、一緒にご飯をたべるような交流(身体性)が出来る場が存在し、そこで他人の語りからも影響も受けて何度も語り直しもしながら自分の物語を作っていくことが重要だとまとめられました。

 最後に、3人目の話題提供者である社会技術共創研究センターの長門特任助教が、「コミュニティにおける『物語』や『ルール』を紐解く-倫理学の立場から-」というタイトルで報告されました。長門先生はまず、ゴルフの用具に関するルールの例を取り扱いながら、倫理学とは「なんで~したらいけないの(しなきゃいけないの)?」に対する良い理由(Good Reason)を探し、社会における規範や原理について見直しも含めて原理的に考察する学問だと説明されました。その上でルールを考えることの難しさとして、ルールを正当化する「良い理由」を探したり、変なルールが「正当化されない」ことを主張することが重要な仕事であるが、全てのルールが「それを破ったらペナルティがある」という統制的規則であるわけでなく、ルールの存在そのものによって存在しているような行為が存在する構成的ルールも存在し、「ルール自体が私たちの現実を作っている」と言える場合には(例えばサッカーの「オフサイド」ルール)、そのルールに対して疑いを向けることすら難しい場面があると述べられました。そして、根本的に「なんで悪いことをしてはいけないの?」という問いに対して、ホッブスやニーチェが「社会契約」や「奴隷道徳」という「物語」を想定したように、倫理学者はある種の「物語」「フィクション」を仮定し、それをモデル化することで間接的に現実を捉えることも行ってきたことを紹介されました。こうした例を考えると、コミュニティのルールについて深いレベルで理解するには、「物語(お話し・フィクション)」が役立つこともあるとして、報告を締めくくられました。

コミュニティの文脈ごと問題を理解すること

 3人の報告に対しては、フロアからも多くの質問がなされ活発なやりとりが行われました。例えば、悪霊払いとしての芝居絵飾りの慣習が定着した理由についての質問に対して、永原先生は調査してもハッキリとした理由は分からず一種の「創られた」物語として土地に定着していると述べられました。また、当事者研究を行う際にも現場に入っていくことの難しさがあるがアドバイスはあるかという質問に対して、今井先生は最初から研究目的でフィールドに入らず、相互性・身体性を伴ったコミュニケーションをとることから始めることが重要で、コミュニティにも実は多様な人が出入りしているからこそ他人に影響を受けながら自分の物語を何度も何度も語り直すというプロセスが起こることがあると応えられました。そして、公的なルールや大きな「物語」だけでなく、現代ではコミュニティレベルで合理性の押し付け合いがおこっているなかで、どのように「良い」条件を見いだせるのかという問いに対して、長門先生は陰謀論のような後付けした理屈が暴走したものをどう制御するのかという問題がある一方で、同時に一定以上の合理性を保ちながら他者や社会と向き合いながらも、合理性だけを強引に押しつける傲慢さの問題についても言及されました。

 そして、後半のミニ・ディスカッションでは、報告者3人の間で様々な議論が交わされました。例えば地域のお祭りに付随して大人から子どもに話される物語(おはなし)を倫理学的にはどこまで規範的なルールとして捉えることができるのか、もしくは陰謀論のような後付けの解釈だと簡単に片付けることができるのか。また、境界線をずらして自らの語りを作ろうとしているマイノリティの子どもたちの多様な認識と語りを知ることを通じて、社会の中にある大きな物語や公的な制度が産み出す境界線の曖昧さに気付ことができるように、合理性だけでなく人々の共感も重視して理解することはどれくらい重要性を持つのか。異分野の専門性を持つ研究者が集って話すことが出来る場だからこそ出来る非常に興味深い議論が展開されました。

 また、参加者同士も後半にはグループに分かれてディスカッションを行い、改めて感想や質問が報告者に投げかけられ、やりとりが行われました。例えば、声なき声をどう拾えばいいのかという質問に対しては、聞く側が自分をチューニングして、声と文脈を切り離さず捉えることの重要性が指摘されました。他にも、コミュニティの慣習・因習とどう向き合っていくのかという問題に対して、慣習や因習が定着した理由についてきちんと考察し、慣習の中でも変わらない(変えられない)部分と変わる(合理化する)部分があることを理解しなければならないなどの見解が示されました。

相互性・身体性を伴うコミュニケーションの場

 以上まとめてきた報告・ディスカッションを通じて、社会課題の解決に向けて現場に入り込んでいって活動を行う際の課題が改めて浮き彫りになったように思います。聞き手の側がいかにチューニングを行うことが出来るのか、合理性と共感の狭間でいかに最適な答えを見つけようとすることできるのか、自分と他人の間で相互に影響を与え合いながら変わり続けていくことができるのか、SSIの今後の活動にとってもこれらの問いは非常に重要な意味をもつことになるでしょう。
 また、今回のフォーラムではコミュニティという文脈やルールとは何かという概念をテーマとして設定することで、異なる分野の研究者が共通の土俵で議論でき、自分たちの認識を広げることができたのではないかと思います。研究者フォーラムというコミュニティが、研究者間で相互性・身体性を伴うコミュニケーションを通じて、相互に影響を与え合いながら新たな物語・ルールを作り上げていくことができる場となるように、今後も企画をすすめていければと思います。

(藤井翔太 大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 准教授)