さまざまな場

いのち会議 市民部門アクションパネル「多様性と包摂」キックオフ 開催報告
「”Nothing about us without us”が まもるいのち、きりひらく未来」

<日時>  2023年10月22日(日)14:00~16:00 
<場所>  大阪大学中之島センター5F いのち共感広場 + Zoom Webinar(ハイブリッド)
<参加者> 対面20名、オンライン29名
<プログラム>
開会挨拶:堂目卓生/大阪大学SSI長・同大学大学院経済学研究科 教授
話題提供
 朴基浩/NPO法人クロスベイス理事 IKUNO・多文化ふらっとアドバイザー ドキュメンタリー映像作家
 藪中孝太朗/株式会社IC(アイシー)代表取締役
 岡山祐美/日本自立生活センター(JCIL)障害当事者スタッフ
 土肥いつき/京都府立高校教員 関西大学人権問題研究室非常勤研究員
パネルディスカッション
 モデレーター:ほんまなほ/大阪大学COデザインセンター 教授
(司会 今井貴代子/SSI特任助教)

いのち会議市民部門AP「多様性と包摂」キックオフイベント

2023年10月22日、いのち会議市民部門AP「多様性と包摂」キックオフイベント、「“Nothing about us without us“がまもるいのち、きりひらく未来」が開催されました。AP「多様性と包摂」のキックオフイベントとして、本イベントではマイノリティだとされる多様な背景を持つ人々によりそった活動を行っている市民団体、民間、研究者、実践家の方々に話題提供をいただき、差別をなくし、障害者権利条約の策定時のスローガンだった「Nothing about us without us(私たち抜きで私たちのことを決めないで)」をキーワードに、様々な当事者の視点や経験が生かされた互いに尊重しあう社会をつくっていくにはどうすればいいか議論がなされました。
堂目SSI長の開幕挨拶では、いのち会議・いのち宣言の概要が説明され、具体的な社会課題について考えるアクションパネルの活動を通じて「Capable」な人々と「Vulnerable」な人々の共助しあえる未来社会像を模索していくビジョンが示されました。その上で、本日のイベントでもマジョリティとマイノリティが互いに尊重し合える未来社会を構想できるか考えたいと述べられました。

話題提供

最初の話題提供者のNPO法人クロスベイス理事、IKUNO・多文化ふらっとアドバイザーの朴基浩さんから「たかがマイノリティ、されどマイノリティ。」というタイトルで、自らの経験を踏まえたうえで、日本社会における「マイノリティ」という属性が持つ意味と今後の展望について話されました。
朴さんは在日朝鮮・韓国人3世として生まれたことで、日韓関係の産み出す軋轢の中で大人たちが産み出す対立構図に違和感を持ち続けてきた子ども時代を送ってきた自身のエピソードを交えながら、海外留学の中で感じた「ここにいること」自体を認めてくれる感覚とは対照的に、日本における「マイノリティのために」の裏に潜む同化圧力(日本への帰化を薦められたり、逆に属性に結びつけられて韓国文化が押しつけられる)の強さに対する違和感について紹介されました。今後「マジョリティ」とは異なる属性を持っていたり、複数の属性を併せ持つ「マイノリティ」が日本社会の中に更に増えることが予想されるなかで、「マイノリティ」とされる属性をそのままに受け止めきれない社会がどう質的に変わる事が出来るのかという問いかけがなされ話題提供を締めくくられました。

2人目の話題提供者の株式会社IC(アイシー)代表取締役の藪中孝太朗さんが「隣にある異世界ー西成発の教育イノベーション」というタイトルで、大阪市南部で展開している学習塾の経営経験から得た教育と社会のあり方について話されました。
マジョリティとマイノリティのコミュニティがモザイク状に入り乱れた天王寺・西成の社会で育ち、現在学習塾の経営を行っている藪中さんは、学校選択制や私立高校無償化、コロナ休校などの中で教育格差が拡大し続ける様子を現場で感じており、地域密着NPOと連携して地域の資源(廃業した喫茶店の活用や地元出身の学生の雇用)とITテクノロジーの両方を活用しながら個別最適化した教育を行える塾体制の改革を行っていると述べられました。そした活動を通じて学び方(学習環境・学習習慣)の欠如という根幹的な問題が見えてくると共に、コミュニティ単位で全く異なる世界が併存している現代社会の複雑なあり方をみていくことの重要性が示されました。

3人目の話題提供者の日本自立生活センター(JCIL)障害当事者スタッフの岡山祐美さんが「望まない異性介助ー障害女性の複合差別の視点から」というタイトルで介助現場における課題について話されました。
障害の有無にかかわらず同じ地域で暮らす社会を目指すJCILで、自らも車椅子に乗る「障がい者とされる立場」で障害当事者スタッフとして働いている岡山さんは、介助の現場で特に女性が「望まない異性介助」という圧力に晒されていることが紹介されました。トイレや入浴など性に関わる介助の現場で「異性介助」に関わる問題が発生する状況の裏側に、人手不足など問題を解決するためには「介助者=プロ」の論理が優先され、被介助者の人権が蔑ろにされるという差別の根幹に関わる構造があると述べられ、被介助者にとって安心して本心を言える状態を作ったり、意思確認が困難な場合でも推測や検討を含めて丁寧に寄り添う姿勢がもっと必要で、これは健常者/障害者を問わず他人の声や意思に耳を傾けるという行為の重要性が社会の中に十分に行き届いていないのではないかという非常に根幹的な見解が示されました。

4人目の話題提供者の京都府立高校教員・関西大学人権問題研究室非常勤研究員の土肥いつきさんが「出会いは世界を広げていく-トランスジェンダー生徒交流会からの発信」というタイトルで高校におけるマイノリティの学生との交流について話題提供がなされました。
京都の府立高校教員として同和教育に長年携わり、在日の生徒や部落出身の生徒との交流の中で様々な体験を積んでこられました。生徒の書いた作文が紹介され、差別に対する無理解からクラスメイトにいらだちを覚えながらも部落民宣言をした生徒と、その宣言を機に部落差別を真剣に考えるようになった友だちとの交流から学んだことが紹介されました。その経験を踏まえてトランスジェンダー生徒交流会を立ち上げるとともに、大学院に通い専門的な知識を身につけるなかで、シスジェンダーというマジョリティの側が持つバイアスの存在を認識することで、個人の身体的な課題と学校や社会という場や制度が抱える課題の両方に専門性を超えて協力して取り組むことの必要性が示されました。最後に「決めつけない/決めつけられない、悩みながら自分らしさを前向きに持てる社会」という交流会に参加する学生のビデオメッセージで報告が締めくくられました。

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、モデレーターの大阪大学COデザインセンター教授のほんまなほさんから「Nothing about us without us」の「us」には誰が含まれるのか、死者など過去の声を聞くこととSDGsの本質的な相性の悪さという問題提起がされた上で議論がなされました。
 特に「us」に含まれるのは誰かという問題に関しては、朴さんが「私」の物語が「私たち」の物語に取り込まれることの違和感を示し、藪中さんも親の離婚などを機に苗字が変わる子どもたちの日常世界に触れられ、特にマイノリティとされる人々の間ではそうした属性が変わりやすいことに注意が必要だと述べられた上で、土肥さんは障害者運動で「私たち」というスローガンが生まれた背景に触れられ、「私たち」とすることで個人の経験を社会の問題としても投げ返すことも可能で、様々に異なる体験をしている「私」の独自正を尊重しつつも他人と繋がっていくことを併存していくことも必要ではないかと述べられました。
ただ、岡山さんが述べられたように、困難な状況・問題に勅撰した時にどうしても「マジョリティ≒プロ」の論理が優先され、障がい者のような「マイノリティ」の声が存在しないものとして勝手に意思決定がなされる状況であったり、朴さんが紹介された戦争責任のような難しい問題を冷めた目で見てしまう大多数の人々へのいらだちにどう向き合っていくかについても今後の課題として示されました。その際にほんまさんが、ルーツや背景によってのみ繋がるのではなく、ルーツが異なっていても詩や言葉を通じて繋がろうとすることも重要であると述べられました。いのち会議の中にアートや芸術を通じて「いのち」を「感じる」というテーマが含まれていることの重要性も示唆された様に感じました。

話題提供者間のやりとりに加えて、フロアやZoomを通じた参加からも日常の中で見落とされている違和感を改めて知ることが出来たという声があがっており、生々しい体験や声を通して「多様性と包摂」というアジェンダを通して考えなければいけない問題がみえてきたように思います。過去から未来までを見通しながら、「マジョリティが考えずに済んでいる=マイノリティに負担を押しつけている」構造によって生じている課題にどう取り組んで行くのか。
居心地の悪さや座りの悪さ。理解できなさと理解しようとする姿勢。複雑で簡単に解決出来ない課題・状況は確かに存在するのだと痛感されられると同時に、だからこそ共助社会の実現に向けて交流し、話し合う場を持ち続けることが重要だと改めて考えさせられた、まさにキックオフに相応しいイベントになったと思います。

(藤井翔太 大阪大学社会ソリューションイニシアティブ准教授)