サロン/シンポジウム

第5回SSIシンポジウム開催報告
私たちの創る「誰一人取り残さない」未来の社会

SDGsがめざす「誰一人取り残さない」社会。また、すべての人びとの生(生命・生活・人生)が生き生きとWell-beingであるような社会。そうした未来社会を構想し、これから構築していくためには、未来の社会を実際に担う「当事者」であるこどもたちがその構想・構築の過程に参加していることが根本的にかつ極めて重要です。

本シンポジウム プログラムI「私たちが取り組むSDGs ―日本から世界へー」では、2023年にG7( 7か国の政府代表の会議)、G – Science学術会議(7か国の学界代表の会議)が日本で開催されるのを機に、日本の高校生・中学生が、自分たちが実践している/ 構想しているSDGsの試みを世界に向けて、日英通訳、日本手話を通じて発表しました。

発表の様子は以下の「取組発表」に動画をリンクしております。
是非ご覧いただき、また多くの方々に共有いただけますと幸いです。

開催概要

<日時>  2023年3月18日(月)16時~19時
<場所>  Zoom ウェビナーにてオンライン開催
<参加者> 272名
<プログラム>
・開会挨拶
 堂目卓生/大阪大学SSI長・同大学院経済学研究科教授
・取組発表(発表の様子はリンク先からご覧いただけます。)
大阪府立堺工科高等学校(定時制の課程)
相馬市立中村第二中学校
盈進中学高等学校
東京都立立川学園
群馬県立前橋東高等学校
大阪府立福井高校
東大阪市立上小阪中学校
熊本県立水俣高等学校
開智未来中学高等学校
・コメンテーター
 伊藤武志(大阪大学SSI)
 田熊美保(OECD教育スキル局)
 浜田博文(日本学術会議 排除・包摂と教育分科会、筑波大学)
 日下高徳(UNESCO教育局EDS課)
・閉会挨拶
 松田 恵示(東京学芸大学 理事 副学長、日本OECD共同研究・日本側責任者)

第5回SSIシンポジウム開催

 2023年3月18日、第5回SSIシンポジウム「私たちの創る『誰一人取り残さない』未来の社会:プログラムⅠ『私たちが取り組むSDGs―日本から世界へ―」が開催されました。シンポジウムは、SSIが目指す「命を大切にし、一人一人が輝く社会」の実現に向けて、学内外の多様な参加者との議論を通じて、その足掛かりを探求する重要なイベントですが、本年度はSSI基幹プロジェクト「自らの生から公共の知を共創する:次世代市民の育成に向けた教育の開発」代表の岡部美香氏が参加している日本OECD共同研究(事務局:東京学芸大学)と共催で、日本の中学生・高校生のSDGsに関する取組を世界に向けて発信するイベントとして開催しました。

 シンポジウムの開会挨拶を行った堂目SSI長は、「誰一人取り残さない、いのち輝く未来社会」を目指すこと、そのためには近代社会の核に据えられてきた助けることのできる(capable)いのちではなく、助けを必要とするが実は助けることもできる(vulnerable)いのちを中心に据えることが重要であると説明されました。このSSIの根幹をなす理念に基づき、vulnerableな中高生による発表を中心に据え、日英同時通訳と手話通訳を通して世界中の人々に中高生の活動・声を届けるシンポジウムを開催することの意義が示されたといえるでしょう。

高校生・中学生による取り組みの発表

 本シンポジウムでは計9校の中学・高校の学生が、自ら取り組んでいる活動について報告を行いました。

 1校目の大阪府立堺工科高等学校(定時制の課程)の発表「地域連携による被災地支援:環境保全プロジェクト」では、2011年東日本大震災発生をきっかけに立ち上がった「東北支援プロジェクト」について紹介されました。授業で作成した地場産業の包丁(切れ味の実演あり)や線香の寄贈から始まった支援プロジェクトは、被災地の方々との交流を通じて電気の必要性を感じたことから天ぷら油を利用したバイオディーゼル発電機の製作へと繋がり、そこから更にプラスチックゴミを利用した「プラスチックゴミ油化装置」や太陽光発電と組み合わせた蓄電池の開発など、より視野の広い環境保全プロジェクトへと発展していきました。こうしたプロジェクトの展開は、複雑に絡み合う社会課題の解決を目指すSDGsの目指すべき一つのモデルになりうると感じられました。

 2校目の相馬市立中村第二中学校「私たちが取り組むSDGs:中村第二中学校の活動」では、学校で行われた「ふくしまゼロカーボン宣言」への参加、ペットボトル回収運動について発表されました。生徒会が中心になって、実施マニュアル作成、ポスターを通じた啓蒙活動、4つの具体的な取組の策定、学級単位で進捗のチェックを行うというプロセスを実施し、その結果2ヶ月で132㎥の節水と16kgのキャップの回収が達成されたことが紹介されました。「ふくしまゼロカーボン宣言」という大きな社会的目標の中で出来る事を考え、持続可能な取組として実現可能な形に落とし込んで実施・実現するという、自分事として社会課題に取り組む絶好の例を示してもらえたと思います。

 3校目の盈進中学高等学校の発表「手と手から:中高生として地域や国際社会の平和と人権の和を広げるために貢献する」では、ヒューマンライツ部のハンセン病に関する活動が紹介されました。ハンセン病患者の方への聞き取り調査の経験から、病気自体だけでなく、病気や患者に対する政策(らい予防法)にも問題があると学び、偽名を使って生きざるを得なかったなど患者さんの達の長く苦しい戦いを無くしていくためにも、社会的な無関心を改めることの重要性が示されました。発表の中では、ヒューマンライツ部の高校生3年生が中学生1年生に「ハンセン病問題から学ぶ」「にんげん学」の授業の様子が再現され、最後には手話を使った歌も披露されるなど、患者さん達が「生き抜いた証」を記録し継承していくことの重要性が聞き手により明確に伝わったのではないでしょうか。

 4校目の東京都立立川学園は、聴覚障害を持つ学生3人がOECD共創プロジェクトに参加した経験について発表を行いました。OECD共創プロジェクトにおいて「ねむりのもりのはなし」という詩を他国の英語話者や手話者と一緒に朗読し、交流イベントに参加した様子が動画で紹介され、その上で参加する前に感じていたこと、実際に参加してみて感じたことを手話とスライドで話されました。手話・英語・イタリア語という言語の壁を越えた交流を体験することで、自分の考えを伝えること、他人の考えを聞くことで視野を広げることの重要性を感じたと話されていましたが、助ける人と助けられる人の間に共助関係を作り上げることの重要性は、堂目SSI長の開会挨拶で話された理念の体現に他ならないでしょう。

 5校目の群馬県立前橋東高等学校の発表「持続可能な学びのついての私論」では、学校における学習経験について話されました。学校における学習が「持続可能な学び」になるためには何が必要か、「自分で考える→日本人の同級生や先生と座談会をする→外国人の先生も含めて座談会をする」というプロセスを通じて考えたことが示されました。このプロセスを通じて自分の中の問題意識をベースに、座談会の中で示された共感や反対意見、他国の文化との比較を通じて修正し、最終的に科目選択や入試という制度について考える段階まで到達しています。多様な背景・文化を持つ人々が交流する社会における学習者主体の学びの重要性という問題は世界的なトレンドの一つでもあり、この発表もまた身近な事から世界的な課題へというSDGsの理念を体現しているといえるでしょう。

 6校目の大阪府立福井高校の発表では、2015年の大地震をきっかけにネパールから来日にした留学生の経験について紹介されました。言語や食文化、宗教的な習慣などについて大きな不安を抱えたまま学校に通うことになったものの、センター校での日本語学習や友人たちの助けなどもあり徐々に社会や学校に馴染んで行ったこと、多様な国にルーツを持つ学生が集う福井高校で多文化・多言語が入り交じった環境を体験・学習した経験について話されました。日本でも非日本語話者の学生が増えてきていることが課題とされている中で、日本の学校で得た経験・知識を活かして、文化の違いに起因する差別や偏見のない安心して暮らせる社会を目指したいと堂々と日本語で発表する姿は、多文化共生の未来社会の明るい一面を示してくれているように感じられました。

 7校目の東大阪市立上小阪中学校は「バーチャルメタバース空間~come true the world~を実現するために」というタイトルで発表しました。新聞社の調査結果を参考に、SDGsの大きな問題として認知度は高いが、関心度は低いことが問題の根幹にあると考えた上で、バーチャル空間内でSDGsに関するタスクをこなすゲームを開発することで関心を高めるというアイデアが紹介されました。バーチャル空間ゆえの自由度の高いタスクの設定、ゲーム内タスク・報酬と現実でのタスク・報酬連動(例えば企業と協力したコラボ商品の開発)など、様々なアイデアが示され、流行を取り入れながら若い世代を中心により多くの人に伝わるような工夫が随所に見られました。大人数での掛け合いもスムーズで、見ている人たちに自分たちもやってみたいと思わせる力のある発表だったと思います。

 8校目の熊本県立水俣高校の発表「Message from Minamata~伝えたい、水俣の今~」では、水俣病の歴史と水俣病に関わる取組について報告されました。日本国内の公害規制、世界的な水銀規制、そして地域漁業に与えた損害など、水俣病が与えた広範囲にわたる影響について説明し、その対策として地域の機関と連携した牡蠣養殖に関する研究や、水銀規制に関する水俣条約に関するアンバサダーとして世界中で活動を行っていることが紹介されました。水俣高校の水俣病に関する取組の歴史自体が、水俣病が過去の病気・社会問題ではなく、現在にまで大きな影響を及ぼしていること、地域と世界を繋ぐ問題であることを示しており、複雑化が進む社会課題を解決するためには身近な問題から着実に取り組みつつ、ネットワークを広げていくことの重要だと教えられたように感じました。

 9校目の開智未来中学高等学校は、「HLGsプロジェクト:地域版SDGsの可能性」というタイトルで渡良瀬遊水池における生態系保全にむけた取組について発表されました。小学生の頃に水質調査に興味をもち個人的に実践していた発表者は、せっけん運動などで知られる琵琶湖における水質保全活動Mother Lake Goals(MLG)に触れ、環境保全のためには独自の目標設定とその浸透が重要であることを学び、地元の渡良瀬遊水地版の目標としてHeart Land Goals(HLGs)を設定する活動を行っています。国や行政、さらには国際的な活動から受動的に与えられた目標をこなすだけでなく、地域の社会や生態系に根ざした課題を能動的に設定することの重要性を認識し、その実現のために他地域の活動者と交流し、4月から地元FMラジオの番組パーソナリティへの就任が内定するなどアグレッシブに活動する姿は、聞いている人たちに大きな希望を与えてくれるものでした。

中高生の実践から学ぶSDGsの意義

 2025年に開催される大阪・関西万博に向けて、大阪大学が中心となって「いのち会議」が3月末に立ち上がりました。「いのち会議」では「いのち輝く未来社会」という万博のテーマを次世代に繋いでいくためのソフトレガシーとして「いのち宣言」を打ち出す事を目指しています。その中では若者を中心とするユースチームを結成し、その声を結集することが重視されていますが、今回のシンポジウムの発表はまさにその方向性を体現していたと言えるでしょう。

 近代社会において教育を通じ大人から「与えられる」存在として想定されていた子どもたちの声を聞き、集約し、世界に届けるという行為の延長線上に、「誰一人取り残さない」、「一人一人のいのちが輝く未来社会」を構想し、それをアジェンダの形にしていくこと。本シンポジウムにおける中高生達の素晴らしい発表は堂目SSI長が開会の挨拶で示されたSSIの理念を体現していましたし、その先にいのち会議・いのち宣言が目指す未来社会のあり方が表れていたように感じました。