SSIサロン / シンポジウム

第7回SSIサロン開催報告
「『障がい』はどこにあるのか:ジャン・バニエの思想と実践」

<日時>  2019年7月25日(木)18時〜20時30分
<場所>  大阪大学会館2F SSI豊中ラウンジ
<参加者> 41名
<プログラム>
・開会挨拶 堂目卓生/大阪大学SSI長、同 大学院経済学研究科 教授
・話題提供1 ジャン・バニエによる発想の逆転
      堂目卓生/大阪大学SSI長、同 大学院経済学研究科 教授
・話題提供2 ラルシュかなの家の生活で感じること
      佐藤 言/社会福祉法人ラルシュかなの家 代表
・話題提供3 出会うこと
      横井圭介/社会福祉法人ラルシュかなの家 スタッフ
・話題提供4 human healthcare society 知識創造による共存在社会の実現
      - ラルシュでの共感を通じて人と社会の在り方を問う -
      高山千弘(エーザイ執行役員・知創部長)
・ディスカッション(モデレーター:栗本英世/SSI副長・大阪大学大学院人間科学研究科教授)
・食事をとりながらのダイアローグ

ジャン・バニエ(1928-2019)によって導かれた場

2019年7月25日、7回目のSSIサロン「『障がい』はどこにあるのか:ジャン・バニエの思想と実践」が開催されました。参加者は41名でした。今回は、静岡市にある「ラルシュ かなの家」から4名の方が参加されました。「ラルシュ」とは、知的障がいを持つ「なかま」とスタッフである「アシスタント」が生活を共にするコミュニティです。かなの家代表の佐藤言氏とアシスタントの横井圭介氏、なかまの江川博俊氏と野村安一氏が来られました。

話題提供は、堂目卓生SSI長、佐藤言氏、横井圭介氏、そして、エーザイ株式会社の高山千弘氏からなされました。話題提供の中で、なかまのお二人からもお話しをいただき、垣根を越えた温かい話題提供となりました。

ジャン・バニエによる発想の逆転

堂目SSI長からは、「ジャン・バニエによる発想の逆転」と題し、バニエの経歴、考え方の紹介がありました。バニエは、1928年生まれのカナダ人で、軍人、哲学者、大学教員を経た後、1964年にパリ郊外の古家で、重い知的障がいを持つ2人と共同生活を始め、その家を「ラルシュ(L’Arche)」(箱船)と名づけました。
 バニエの思想の特徴は、障がいを持たない人が持つ人を一方的に助けるというのではなく、障害を持たない人が持つ人と共に生活し、心の傷や友情の求めに向き合い、心を開くことによって、自分自身の心の壁をとり払うことにあります。人間は誰もが過去に受けた心の傷や恐れを封じ込めるための壁を心に作って自分を守るとともに、傷や恐れを思い起こさせる他人を嫌い、遠ざけ、排除しようとします。差別や暴力の根源は、こうした個人の心の壁にあるのです。人類が差別や暴力のない平和な社会に向かって進むためには、世の中から排除された人々に目を向け、接し、共に生き、友情を取り結んでいかなくてはなりません。
 バニエの考え方をこのように説明した後、経済学者でもある堂目氏は、「現在の競争的な経済・社会システムの中に、心の壁からの解放を中心にしたバニエの見方をどのように組み込み、制度化していくか」を課題として投げかけました。

「ラルシュ かなの家」というところ

「かなの家」代表の佐藤氏からは「ラルシュかなの家の生活で感じること」というテーマで、ホームの様子、たとえば、石けん作り、畑での収穫、散歩、誕生日のお祝い、お祭り、食事の風景など、さまざまな活動について紹介してくださいました。
現在、「ラルシュ」は、世界38ヵ国、154カ所に広がっていますが、大切にしているのは、「なかまが持つ賜(ギフト)に触れ、自分の貧しさ(弱さ)を受け入れる」ことです。「他者を助ける能力」ばかりを気にするのではなく、「他者からの助けを受け入れる能力」を身につける場、それが「ラルシュ」です。
「かなの家」が「ラルシュ」になるまでのお話も印象的でした。「かなの家」は、1978年に障がいをもつ仲間と数人の職員、その家族が、廃品回収をしながら一緒に暮らす小さなコミュニティとして始まりました。収入も減って運営に行き詰まっていたとき、バニエに出会い、「仕事も大切ですが、人間にとってより価値のある、ともに食事をすることに心を向けてください」という教えを受けます。その後、1991年に、「かなの家」は国際ラルシュに加盟し、1998年に正式メンバーになりました。

「なかま」とともに「ありのままの自分」を受け入れる喜び

佐藤氏のお話が一通り終わったところで、ゲストの「なかま」のお一方が、アシスタントが結婚することになった時に、それを自分のことのようにうれしかったというエピソードを紹介してくださいました。もうお一方も、自分と父親の関係について、楽しそうに紹介をくださいました。お二人の話からは、まさに「かなの家」での暖かい暮らしが感じられました。
話題提供の3人目は、「かなの家」でアシスタントとして12年仕事をされてきた横井氏です。横井氏は、幼少からの経験によって、人と自分を比べたり、「こうあらねばならない」という固定観念を作ったりして、苦しい人生を送ってきたことを告白されました。そのような人生の中で、神父になるための研修先として「かなの家」に派遣されたとき、なかまの人たちが、自分を肩書きや能力で判断せず、ありのままの自分を受け入れてくれたこと、この「出会い」をきっかけに、それまでの思い込みから少しずつ自由になることができたそうです。その後、横井氏は「かなの家」で暮しはじめるのですが、共同生活は思ったよりも簡単ではなく、自分の中にある暴力性と何度も向き合わされながら、それでも、「ありのままの自分」をなかまに受け入れてもらい、また自分でも受け入れる喜びを感じてきたそうです。

「ラルシュ かなの家」がエーザイの人々に与えてくれるもの

最後の報告者、高山氏からは、エーザイと「かなの家」の関わりについてお話しいただきました。エーザイは、「患者さんのために我々は存在する」という理念のもと、全社員が仕事時間の1%、1年に2日程度を、患者さんとともに過ごし、患者さんの喜怒哀楽を知り、なすべきことを見つける取り組みをしています。この取り組みを「共同化」とよんでいます。
高山が「かなの家」をはじめて訪問したとき、今回のゲストの野村氏と肩を組んで歌を歌ったり、江川氏と一緒に汗だくになって畑で草むしりをしたりし、これまでにない温かい雰囲気を感じたそうです。その後、エーザイは、新たな共同化の場として「かなの家」に毎年20名の社員を送るようになりました。派遣された社員の多くが、自らの弱さに気づいたり、人間の本当の価値を見出したりする等、大切な気づきをえて仕事にもどってくるそうです。エーザイの取り組みは、堂目氏が最初に投げかけた「現在の競争的な経済・社会システムの中に、心の壁からの解放を中心にしたバニエの見方をどのように組み込み、制度化していくか」に対するヒントになっているように思えました。
高山氏は、「かなの家」以外にも、「障がい者福祉の父」として知られる故糸賀一雄氏がはじめた知的障がい者のための公共施設「近江学園」や、重度の障害を持つ寝たきりの歌人の遠藤滋氏の歌を紹介され、私たちが自分を見つめ直し、自分の弱さを受け入れることができる場が日本各地にあることを教えてくれました。高山氏は、「愛するとはその人の存在を喜ぶこと」というバニエの言葉で話しを締めくくりました。

「SSIサロン」の真骨頂が顕現した日

今回のサロンがいかなるものであったか。それは、モデレーターを務めた栗本英世SSI副長がサロンの後に語った次の言葉に集約できると思います。
「当事者の語りには、尋常ではない迫力と説得力があった。これに触発されて、企業の人や大学教員が本音で、素のままで語り出し、サロンはふつうではない盛り上がりをみせた。サロンは6時にはじまり、9時前に終了。しかし、多くの参加者はすぐには帰らず、10時すぎまで議論を続けた。」
「共生はきれいごとではない。しかし、苦闘を続けていると、人間であること、生きていることに共感できる、素晴らしい瞬間に出会えることがある。あらためてそのことを実感した。」
「昨年度から大阪大学社会ソリューションイニシアティブ(SSI)が開始した『サロン』。その真骨頂が顕現した夜であった。」

(伊藤武志)