協力プロジェクト

デジタル民主主義プラットフォームを活用した市民参加型社会課題解決モデルの構築
Building a Participatory Problem-Solving Model through Digital Democracy Platforms: Creating New Dialogues and Deliberation through "Understanding" and "Connecting"

【 研究代表者 】東 健二郎 大阪大学社会ソリューションイニシアティブ 招へい研究員

社会課題をめぐる市民参加の形は、デジタル技術の発展とともに大きく変化しつつある。その中で、バルセロナ市での4万人規模の市民参加による計画策定、11歳以上の市民が参加するニューヨーク市の予算決定、加古川市における若者主導の政策実現など、デジタル民主主義プラットフォーム「Decidim(デシディム)」を活用したシビックテックの実践は、世界各地で具体的な成果を上げている。

日本においても、デジタル民主主義の取り組みが進展している。2020年の加古川市での導入を皮切りに、国・自治体・企業・団体など約30の組織でDecidimが活用されるとともに、日本独自のデジタルプラットフォームの開発と導入も盛んになっている。さらに2024年以降、生成AIを活用した「ブロードリスニング」の手法が注目を集め、渋谷区や宇多津町など複数の自治体で「広聴AI」の実証実験が進められている。

一方で、こうしたデジタル技術を活用した市民参加には以下の課題が指摘されている。
・日本におけるDecidimは「熟議のためのツール」ではなく「共感のためのツール」にとどまっているとの指摘
・オンラインでの意見収集と対面での熟議を有機的に結びつける方法論の未確立
・こども・若者の意見表明の場は増えているものの、政策への実質的な反映プロセスの課題
・AIによる意見集約が「世論誘導」につながるリスクへの対処

本プロジェクトは、これらの課題に対し、SDGs目標16「効果的で責任ある包括的な制度」の実現に向けて、デジタル民主主義プラットフォームと生成AI技術を組み合わせ、市民参加型の社会課題解決モデルを構築することを目的とする。

具体的には、いのち会議の理念である「いのちを『しる』」「いのちを『つなぐ』」を実践するため、以下の3つの実践フィールドを候補とし、モデル構築と実証を行う。

 

実践フィールドと展開計画

 

実践フィールド①:自治体における子ども・若者の意見表明と政策参画の場づくり

 

【現状と背景】

2023年4月施行の「こども基本法」により、こども・若者の意見表明権が法的に位置づけられた。こども家庭庁は「こども若者★いけんぷらす」を通じて意見反映の取組を推進し、全国の自治体で子ども議会・若者議会の設置が進んでいる。例えば、設置10年を経過した福井県鯖江市のプロジェクト「JK課」をはじめ、近年では愛知県新城市において若者議会が年間1,000万円の予算提案権限を持つなど先進事例がある。

しかしながら、他地域も含め多くは主権者教育の文脈など教育的要素が強く、法の趣旨との間にギャップが存在する。他方、デジタルネイティブ世代である子ども・若者は、オンラインでの意見表明に抵抗が低く、Decidimのような参加型プラットフォームとの親和性が高い。加古川市Decidimの事例では10〜20代の参加者が多いことが報告されており、この特性を活かすことで、従来の「形式的な子ども議会」から「実質的な政策参画」への転換が期待できる。

本プロジェクトでは、いのち会議が運営するDecidim上の「いのちユース」及び「いのちジュニア EXPO」(以下、「同サイト」という。)の取り組みを基盤として、複数の自治体と連携した実践モデルを構築する。同サイトでは、中学・高校・大学生を中心とした若い世代が社会課題について議論し、提言をまとめる場がデジタルプラットフォーム上に設けられており、この経験を発展させるとともに各地域に展開することを目指す。

 

【実践候補地域と展開計画】

 

<いのち会議Decidim「いのちユース」「いのちジュニアEXPO」との連携>

いのち会議では、Decidim上に「いのちユース」及び「いのちジュニア EXPO」の場を設け、若い世代がいのちや社会課題について議論し、提言を発信する取り組みを進めている。このプラットフォームを発展的に活用して、各地域での実践を相互に接続し、知見を共有するハブとして機能させる。
・各地域の若者が提出した提案・意見をいのち会議Decidimで共有し、地域を超えた対話を促進
・大学生をファシリテーターとして育成し、中高生の議論をサポートする体制を構築

 

<品川区での展開>

品川区は2024年10月にSDGs未来都市計画を策定し、「子どもとともに創るウェルビーイングシティしながわ」をテーマに、子どもの柔軟な発想をまちづくりに取り入れた新時代のSDGs推進都市の実現を目指している。

2025年度からは区長に対して中高生が政策提言を行う「リバースメンター事業」を実施するほか、Decidimを活用したデジタルプラットフォーム「しながわオープントーク(しなトーク)」を開設し、若者世代から住み続けたいまちの提案を受け付けている。

・「しなトーク」に寄せられた意見に対し、広聴AIを活用したクラスタリング・可視化を行い、多様な意見の全体像を参加者・行政双方が把握できる仕組みの高度化
・リバースメンター事業で出された提言を「しなトーク」上で広く共有し、他の若者からのフィードバックやアイデアブラッシュアップを促進するプロセスの設計

 

<その他の地域での展開予定>

本プロジェクトで連携予定の地域は以下のとおり。

順次展開が可能になり次第、次の取り組みを進める。

・デジタルプラットフォームに寄せられる意見データに対し、広聴AIを用いた分析を適用し、潜在的なニーズや意見の傾向を可視化・構造化する
・県からの「フィードバック」プロセスをデジタル上で可視化し、意見をどのように検討され、施策に反映されたか(またはされなかったか)のプロセスを透明化するモデルの構築
・収集した声を「いのち会議」プラットフォームとも接続し、地域課題(ローカル)と地球規模課題(グローバル)をつなぐ学習と対話の機会を創出

 

(世田谷区)

世田谷区は、平成13年に23区で初めて制定した「世田谷区子ども条例」を改正し、「世田谷区子どもの権利条例」として令和7年4月から施行した。同条例では、すべての子どもが一人の人間として尊重され、意見を表明する権利を有することが明記されている。

この条例の理念を実現する中核事業として「ユースカウンシル事業」が位置づけられており、より多くの、より多様な子どもの意見表明を促すため、2025年度から施行的にデジタルプラットフォームの導入が進められ、2026年度から本格運用が予定されている。本プロジェクトでは、ユースカウンシル事業との連携を軸に以下の展開を目指す。

(滋賀県)

滋賀県では、デジタルを活用した「子ども県民の声ひろば」を開設し、子ども・若者が気軽に意見を言える環境を整備する予定である。

整備に先立ち2025年度に実施した「子どもWebアンケート」では、「滋賀の農業・水産業」に1,142件、「滋賀の公園」に1,533件といった多数の声を集め、それらに対して県としての考えや対応をまとめた「フィードバック(回答)」を公表することで、双方向の信頼構築を実践している。2026年度からはこれらを継続的な活動とするためのデジタルプラットフォーム構築を予定しており、本プロジェクトでは、この「聴く・答える」サイクルをさらに強化する展開を目指す。

(千葉県)

千葉県では、学校生徒の意見を広く集約できる生徒会役員等に、テーマとする県政策等についてあらかじめ学んだ上で、こども・若者施策について議論し、その結果を県へ報告する仕組を構築する。対面による議論だけでなく、Webも併用することで、幅広いエリアのこども・若者や公の場で意見を発表するのが困難なこども・若者の意見も集約できるようにする予定である。

 

【「しる」の観点からの展開】

・Decidimを活用し、子ども・若者が日常的に意見を発信できる常設型プラットフォームを構築
・広聴AIにより、多様な意見の全体像を可視化し、こども・若者自身が「他者の意見を知る」機会を創出
・意見がどのように政策に反映されたかのフィードバックプロセスをデジタル上で透明化

 

【「つなぐ」の観点からの展開】

・オンライン上の意見収集と対面でのワークショップを組み合わせた「ハイブリッド型対話」の実装
・大学と地域の子ども・若者、行政担当者をつなぐファシリテーター育成プログラムの開発
・複数自治体間での好事例共有ネットワークの構築

 

実践フィールド②:気候変動教育とサステナビリティ実践知の地域間連携

 

【現状と背景】

気候変動教育は、国立環境研究所の気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)やアジア太平洋気候変動適応情報プラットフォーム(AP-PLAT)など、情報共有基盤は整備されつつあり、各地で独自の取組が進められているものの、市民参加型の「対話」を促進する仕組みは十分でない。

気候変動は、長期的かつグローバルな課題であるがゆえに、市民が「当事者意識」を持ちにくい。しかし、デジタルプラットフォームを活用して「自分の地域での具体的影響」と「他地域の経験」を可視化・共有することで、行動変容につながる「気づき」が生まれる可能性がある。

 

【サステナビリティ学会との連携】

2026年に設立が予定されている「サステナビリティ学会」は、実践知の共有を重視し、環境やSDGsに係る問題解決に取り組むあらゆる立場の人々が参画する実践研究のプラットフォームを目指している。同学会は活動の一環として「オンラインでのデジタルプラットフォーム等を開設し、問いを設けた対話の場、会員間の意見交換の場」を構想している。

サステナビリティ学会が掲げる「世代間、国際間、地域間、生物種間等にある格差を是正し、公正としての正義を実現する」という目標と本プロジェクトの理念は軌を一にしており、連携により社会的インパクトの最大化が期待できる。本プロジェクトのDecidim活用と密接に連携することで、以下のような相乗効果が期待できる。

・サステナビリティ学会が重視する「実践知の共有」と、本プロジェクトの「しる」の理念を融合し、気候変動対応の現場知見をDecidim上で蓄積・可視化
・学会が設置予定の「実践研究会」(都市と農山漁村のサステナビリティ連携、気候変動に対する国民の深い学び等)とDecidim上の議論を連動させ、研究者と実践者の対話を促進
・学会が発行予定の「電子媒体(オープンアクセス)」と連携し、Decidim上での議論から生まれた実践知を論文化・発信する仕組みを構築
・学会が対象とする多様な主体(アクションリサーチを行う研究者、中間支援コーディネーター、企業担当者、行政担当者、教育関係者、学生等)をDecidimプラットフォームに接続し、セクター横断の対話を実現

 

【「しる」の観点からの展開】

・各地域の気候変動対応事例・教育実践をDecidim上で共有し、相互学習を促進
・生成AIを活用し、科学的知見を市民にわかりやすく翻訳・提供するナレッジベースの構築
・地域ごとの気候リスクと適応策について、市民が「自分ごと」として理解できるコンテンツ開発

 

【「つなぐ」の観点からの展開】

・気候変動の影響が異なる地域(都市部と農村部、沿岸部と内陸部等)間での市民対話の場を創出
・サステナビリティ学会が養成を目指す「統合転換を支援する中間支援組織の人材」と連携し、「気候変動対話コーディネーター」を育成

 

 

実践フィールド③:ブロードリスニングと熟議をつなぐプロセスの標準化

 

【現状と背景】

「ブロードリスニング」は、台湾のオードリー・タン氏らが提唱した概念で、AIを活用して大量の市民意見を収集・分析し、政策形成に活かす手法である。日本では2024年の都知事選で安野貴博氏が実践し注目を集め、2025年に設立された「デジタル民主主義2030」プロジェクトが「広聴AI」をオープンソースで開発・公開している。渋谷区(6,037件の意見を分析)、宇多津町(396件)などで実証が進む。

ブロードリスニングへの期待は高まるところであるが以下のような課題が存在する。

・「共感のためのツール」から「熟議のためのツール」への転換:日本におけるDecidim等のデジタルプラットフォームの活用状況を踏まえた制度設計が求められている
・AIによる「現場知」の扱い:NIRA総研の報告が指摘するように、生成AIは「地域の雰囲気」のような暗黙知を扱うことが苦手であり、人間との役割分担が重要
・「世論誘導」リスクへの対処:AIが提示する情報や分析結果が、参加者の意見形成に不当な影響を与えないための倫理的ガイドライン策定

 

【いのち会議Decidimでの活用実績】

いのち会議では、Decidim上に「いのちの声」の場を設け、広聴AIを活用したブロードリスニングの実践を進めている。参加者から寄せられた多様な意見をAIが分析・クラスタリングし、「社会の声の地図」として可視化することで、いのち会議の政策提言や「いのち宣言」の策定に活かしている。この実績を踏まえ、本プロジェクトでは以下の発展的展開を目指す。
・「いのちの声」で蓄積された知見・ノウハウを体系化し、他地域・他組織への展開可能なモデルとして整理
・ブロードリスニングの結果を「熟議」の入口として活用するプロセスを、いのち会議での実践を通じて検証・改善
・広聴AIの分析結果をわかりやすく市民に提示するビジュアライゼーション手法の開発

 

【「しる」の観点からの展開】

・広聴AIによる意見のクラスタリング・可視化により、「社会全体が何を考えているか」を市民自身が把握
・意見の対立構造や共通点を明示化し、「自分とは異なる立場の人の考え」を知る機会を創出
・AIによる分析プロセスの透明化(アルゴリズムの公開、バイアス検証)により、信頼性を担保

 

【「つなぐ」の観点からの展開】

・ブロードリスニングの結果を「熟議」の入口として活用するプロセス設計
・AIが抽出した論点をもとに、対面での「ミニ・パブリックス」(無作為抽出による市民討議)を開催
・北海道東神楽町の事例(ChatGPTを活用した住民ワークショップ)のような「AI支援型熟議」の手法開発
・DecidimとブロードリスニングAIの連携による「意見収集→分析→熟議→政策反映→フィードバック」の一貫したサイクル構築

 

プロジェクトの特徴

本プロジェクトの特徴は、単なるデジタルツールの導入ではなく、「デジタル」と「対面」、「知る」と「つなぐ」、「意見収集」と「熟議」を有機的に結びつける点にある。具体的には以下の3点を重視する。

(1)オープンソース・オープンデータの原則

Decidimおよび広聴AIはいずれもオープンソースであり、本プロジェクトで開発する手法・ツールもオープンに公開する。これにより、他地域・他団体への展開を促進し、国連が推進する「デジタル公共財」の考え方を実践する。

(2)いのち会議との連携

本プロジェクトは、いのち会議がCode for OSAKAおよびCode for Japanと連携して運用するDecidim(https://inochi-forum.makeour.city/)を基盤として活用する。「INOCHI Junior EXPO」や「いのちの声」など、既に稼働している取り組みの知見を活かしつつ、いのち会議の「いのち宣言」に基づく「しる」「つなぐ」の理念を実践するフィールドとして位置づける。

(3)大学と地域の共創

大学の研究知(AI技術、熟議民主主義理論、社会調査手法等)と、地域の実践知(自治体職員の現場経験、市民活動の蓄積等)を融合させ、双方向の学び合いを通じてモデルを構築する。学生がフィールドワークや実践型プロジェクトに参加することで、次世代の「デジタル民主主義コーディネーター」を育成する。

 

研究協力者

(学内)
社会ソリューションイニシアティブ 教授 伊藤武志
社会ソリューションイニシアティブ 特任助教 宮﨑貴芳

(学外) ※候補・調整中
一般社団法人コード・フォー・ジャパン 理事 砂川洋輝
NPO法人Code for OSAKA 代表理事 鈴木鉄兵
武蔵野大学工学部サステナビリティ学科/環境システム学科 学科長 教授 白井信雄

 

共同研究機関・連携機関 ※候補・調整中
一般社団法人コード・フォー・ジャパン(東京都)
NPO法人Code for OSAKA(大阪府)
兵庫県加古川市(Decidim先進自治体)
品川区、世田谷区、滋賀県、千葉県(子ども・若者参画実践フィールド候補)
一般社団法人Fora(子ども・若者参画実践フィールドにおける事業者)
サステナビリティ学会(設立準備中、気候変動教育・実践知連携)
デジタル民主主義2030(広聴AI開発連携)

研究キーワード
デジタル民主主義、Decidim、ブロードリスニング、広聴AI、市民参加、熟議民主主義、こども・若者の意見表明、気候変動教育、シビックテック、オープンガバメント、サステナビリティ、実践知
社会課題
市民参加の実質化、こども・若者の社会参画促進、気候変動への適応、AIと民主主義の両立、デジタルデバイドの解消