マンスリー・トピックス

『未来につなぐ〈いのち〉』 ― 30年後、2050年共存在社会に向かってとりくむコミュニティでの〈いのち〉の与贈循環 (SDGsへのはたらきかけ)-

エーザイ株式会社 執行役員知創部長
高山千弘

2020年1月
新薬を作るだけではなく、「共存在社会を作る」

エーザイ株式会社は製薬会社ですが、自らを「ヒューマンヘルスケアカンパニー」と称しています。これは、新薬を作るだけではなく、「共存在社会を作る」ことを事業の柱としているからです。私はアメリカで世界初となるアルツハイマー型認知症の薬を担当しました。帰国後は、清水博先生(東京大学名誉教授)の提唱する「〈いのち〉の与贈循環」をまちづくりに活かしていきたいと考えるようになりました。これが、会社として共存在社会の実現に向かっていくきっかけになりました。イギリスの哲学者であり倫理・経済学者でもあるアダム・スミスは「道徳感情論」の中で、人類の繁栄の源は共感であるとしています。堂目卓生先生(大阪大学SSI長)は共感資本主義として「他者に共感し、他者も自分に共感することを知ること」が重要だと語っています。

「閉じた社会から開かれた社会へ」

フランスの哲学者であるアンリ・ベルクソンは、「閉じた社会」「開いた社会」という概念を提示しました(図1)。そもそも人間社会は、初期状態では閉じた社会でした。しかし、イエス・キリストやブッダの出現により、一時期、開かれた社会となりました。ここでいう開かれた社会とは、「個人間の差異を乗り越え、すべてを同等に扱う社会」のことです。しかし一度開かれた社会も、現在は再び閉じてしまっています。アンリ・ベルクソンは、閉じた社会から開いた社会へ向かう過程を図のように現しました。本能から生まれた「自分たちが良ければいい、他者を排他する閉じた社会」から、知性を超えて「直観(エラン・ヴィタール)」に向かっていくこと。私の解釈では、「愛」に近いものです。愛を貫くことによって、開かれた社会に向かっていくはずです。

図1.閉じた社会から開いた社会へ

〈いのち〉の与贈循環によって実現する共存在の社会

社会には、外在的社会と内在的社会とがあります。〈いのち〉の与贈循環が起きるのは内在的世界です。オーストラリア出身でユダヤ系哲学者である、マルティン・ブーバーの考え方で言うと、「我というのは場に命を与え、汝も場に命を与える」。そこで、我・汝の関係になります。〈いのち〉同志の能動的な関係が、場の〈いのち〉を生んでいくのです。ここで、個々の〈いのち〉と場の〈いのち〉という、二重の〈いのち〉、いわゆる共存在社会ができていくのです。「主客分離」から「主客非分離(=共存在)」へ、二重の〈いのち〉をいかしていくことが、共存在社会の実現に繋がるのではないか。一人ひとりの個性をいかしながらも、同じ居場所の中で〈いのち〉の与贈循環をおこなっていく。これが場の〈いのち〉です。自己の〈いのち〉を居場所に与贈する。この居場所が自己組織的に成長し、居場所から〈いのち〉の与贈を受ける。そして包み込まれる。これこそが共存在の社会なのです(図2)。

図2.共存在社会における<いのち>の与贈循環

私たちは弱さを知ることでこそ成長できる

私たちは、ときに自分の弱さを隠すために心に壁を作り、弱さを人に見せないようにしています。まさしくこれが、「外在的な世界の中にある」ということです。そこから内在的な世界を作るためには、「心の壁を溶かす」ことが大切です。弱さを抱える人から学ぶ必要性を教えてくれるのが、知的ハンディキャップを持っている方々です。世の中から排除された人々に「目を向け、接し、共に生き、友情を育んでいくこと」が、我々が成長していくひとつのきっかけになるのです。世の中から排除される傾向にある人こそ、私たち人間を解放して、社会に貢献できる〈いのち〉の輝きを持っています。古代ギリシアの哲学者であるアリストテレスの「善く生きる」という観点に目を向けると、「人は強いと同時に弱くなければならない」のです。人は自らが強いときは、本能的に自分を守ろうとします。弱くなったときに初めて、「弱い立場の方から学ぼう」「繋がろう」とするのです。所有から共存在へ向かって、インド独立の父として知られるカンジーは、「必要以上のモノを所有するのは盗みである」と指摘しています。それが、世界に広がる貧困を生んでいるのです。所有というのは正しく「自分だけ良ければいい」というエゴの中、つまり外在的な世界の典型なのです。そうではなく、所有から共存在に向かっていかなければなりません。今こそ、我々の生き方の転換が求められているのです。清水博先生が語った「二重の〈いのち〉の共存在社会」です。こうなってはじめて、生きていく者同士が繋がっていき、全ての方々が繋がっていくのです。

アダム・スミスの「共感」、渋沢栄一の考える社会経済

改めて、アダム・スミスの「道徳感情論」を振り返ると、内在的な自己になりきる、つまり、本当の自己と繋がることで、初めて他者に共感することができ、真の意味で繋がることができるとわかります。「他者の感情を自分の心に映しとり、同じ感情を引き起こす」、これがあって、初めて経済が成り立つのです。事業家で慈善家としても知られている渋沢栄一も、「素晴らしい福祉(社会)があって初めて経済が成り立つ」と語っています。いわく「そこのところを今の社会は忘れてしまっている。そこに、大きなひずみがある」と。我々は外在的自己になってしまっています。今こそ我々は内在的な自己を自覚し、次の段階へ進むべきではないのでしょうか。個の〈いのち〉を与贈できる重要な段階へと(図3)。

図3.自分を知る:内在的自己と外在的自己

社会とともに、〈いのち〉の与贈循環をつくる

エーザイは「ヒューマンヘルスケア」を理念としています。今までの社会は、沢山モノを作って豊かになれば良いと考えていました。その時に忘れていたのが、他者に対する感性や思いやりです。そこでエーザイは、他者に対する想いを「ヒューマンヘルスケア」という言葉に表しました。エーザイの目的は社会貢献であって、結果として売り上げや利益が付いてくる。定款に理念として「売り上げや利益を目的としない」と謳った世界で初めての企業です。そして今、「共存在社会の実現」に向けて、SDGsを包含して、「あんしん基盤」と「いきいき基盤」を基にしたまちづくりに取り込んでいます。これは「共感」をベースにしており、支え支えられの「新しい暮らし(コミュニティ)」「新しい産業(市場創造)」「新しい地域資本(地域社会保障」の3つの軸の創出を目指します。住民・事業者・自治体三方良しの、全く新しい未来志向のビジネスモデル「共感型おかげさま・おたがいさまのまちづくり」を手掛けているのです。ヒューマンインテリジェンスを重視し、「生きている」から「生きて行く」に変化する。そのために、住民が主体となって、エーザイ以外の企業とも協力をしながらまちづくりに取り組んでいます。住民創発型として一橋大学名誉教授である野中郁次郎先生の知識創造理論を展開し、共感から真のニーズを掴み、仮説を設定し事業創造につなげていく(図4)。それを住民が主体的に実証していく。こうした取り組みを続けると、住民が成長し変わっていきます。自己中心から他者依存、自己主導を経て自己変容へと進んでいく。他人事から自分事へ、自分事から自分たち事へ、つまり、まちづくりの中で〈いのち〉の与贈循環が起こっている。このプラットフォームビジネスを構築していき、これまでの「エゴ」システムから「エコ」システムへと変えていきたい。企業や行政、いろんな方々と一緒になることで共存在社会になっていく。そこで〈いのち〉の与贈循環が起こる。これから全国で少しずつ広げていきたいと考えています。我々が目指すのは共感に基づく共存在社会の実現。企業も変わらなければなりません。実現に向けていきたいと考えています。

図4.SECIモデル(知識創造理論スパイラル)の導入(野中郁次郎教授)