マンスリー・トピックス

個別の社会課題に対する大学の実力

医学系研究科保健学専攻 統合保健看護科学分野 准教授
山川みやえ

2019年3月
フィールドには大学への不信感があった

大学の人が何しに来た?
これは、私が研究者としてフィールドに初めて入った時に、フィールドである病院やコミュニティの医療専門職に幾度となく言われた言葉です。要するに「(私たちには必要ありませんが)大学の人が私たちのフィールドに何の用ですか?」という意味なのです。ほぼ初対面でこういう態度をとられる覚えはないので、おそらく大学というものに対する不信感だったのだと思います。
3月の終わりにUniversity Collage of London(UCL)と大阪大学とのOU-UCL Strategic Partnership Kick-off Eventに参加する機会をいただきました。そこでは、UCLも阪大も、市民の生活に密着した大学であることを知りました。阪大はその前身は大阪帝国大学ですが、それは民間の意思と財源によるところが大きく、最初から地域から乞われてできた大学です。そう思うと、阪大のモットーである、地域に生き世界に伸びるということが実にしっくりきます。2017年のランキングでは、最も地域貢献度の高い大学にもなりました。
しかし、私のフィールドでは、迷惑がられはしても感謝はされてきませんでした。フィールドに入るのは研究のためです。病院では、朝から晩まで患者に向き合い、その後は研修会や先輩からの山盛りの宿題などで息つく暇もありません。常に勉強が必要な医療者にとって、大学の存在は有難いものであるという私の勝手な思い込みあったのでしょう。あからさまな不信感に傷つきながら、私はフィールドワークをしていました。

現場に溶け込み、大学の存在意義を実感

なぜ、大学の研究者が疎まれるのでしょうか、その理由はスタッフとの心の距離が徐々に近づいていくにつれて明らかになりました。つまりは、研究者は臨床現場の患者さんやスタッフから散々データをとっておきながら、その結果のフィードバックも恩恵も返していないということでした。それに気づいて、収集しているデータをスタッフに定期的にフィードバックするということを思いつきました。
私のフィールドである認知症治療病棟では、一見不可解に見える妄想や徘徊と言われる症状の患者さんが入院していました。その人たちの行動をモニターして、いつどの程度活動するのか、トイレは夜中に何回いくのかということを明らかにし、臨床応用する目的で研究していました。そして、そのモニター結果を毎週スタッフにフィードバックしました。そうすると、徘徊の激しい患者さんが1日30kmも歩いていることがわかるなど興味深いデータが収集できました。そのデータをみた時のスタッフの生き生きとした表情が忘れられません。データとスタッフの観察とを組み合わせることで、効果的な介入ができ、入院時に問題になっていた症状が軽減していきました。私はそのプロセスをそのまま論文にでき、スタッフにとっても研究者にとっても非常に良い経験となりました。その頃には、研究者とスタッフの間にあった隔たりは全くなく、研究チームが現場に溶け込んでいるのを実感していました。このことが私にとって大学にいる大きな理由となりました。大学の存在意義を肌で感じたからです。

社会問題を解決する大学の役割を実践する

私の研究テーマである認知症は、患者数が多いだけではなく、その特徴的な症状や生活していくうえで諦めないといけないことが多々あったりと、相当なインパクトのある病気であり、偏見もある超高齢社会の象徴のような課題となっています。大きな病気になることも事故にあって命を落とすことなく長生きできたことは良いことなのに、「認知症になるなら早く死にたい」と思う人も少なくありません。誰もが認知症になりたくないと思い、しかし認知症になってしまったらどうしたらよいのだろうかという不安や絶望の中で生きていかないといけません。しかもそれは非常に個別的な問題で、一概にこうしたらよいということが言えないものでもありました。
世界でも断トツの高齢化率で超高齢社会を生きている日本人として、長生きが素晴らしいものであるような変革を起こせないか、超高齢社会の象徴として認知症に大学が一役買って出ることはできないかと思い、阪大の認知症に関連する研究をしている研究者で月に1回の談話会を2年間半続けました。認知症にまつわる個別的な問題に対応するには、市民一人ひとりが学習して、学習の内容を自分の生活に応用していく力が必要です。その学習を促す知の泉がその談話会にはありました。途中から大学外の専門職や市民も参加するようになりましたが、まさに阪大の実力といっても良いほど、認知症に対してのさまざまな課題解決につながる話が多角的に繰り広げられました。その一部を今回「ほんとうのトコロ認知症って何?(大阪大学出版会)」という書籍(写真)にすることができました 。
SSIでも私たちの活動を幾度となく取り上げてもらえたこともありがたく思います。社会課題を解決する役割が大学にはあり、阪大にはその期待に応える力があることも証明されたように思います。今なら、最初に病院スタッフに「大学が何の用?」と言われたとしても、明確にそれに反論することができ、しかも大学って良いでしょ、役に立つでしょ?と自信を持っていうことができます。